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DAY7 ドブロヴニク(クロアチア) 旧市街駆け足観光

2016. 5.14

_1060022 プラツァ通りの西の端、ピレ門近くにあるフランシスコ会修道院.....のみの写真がなかったのでお土産売りのお兄さんといっしょ~coldsweats01 お兄さんの背後に見えているのは、1,438年にイタリア人デザイナーによってつくられたオノフリオ大噴水.....ですが、ただ今修復中。


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入口の上にはピエタ像


Img_0121

礼拝堂内部の様子。
この修道院には、1,391年に営業を開始したというクロアチアで一番古く、ヨーロッパでも3番目に古いマラ・ブラーチャ薬局が併設されているらしいのですが、入り口がわからずあっさりスルー.....


_1060051 メインのプラツァ通りは200mほど。突き当りのルジャ広場には時計塔があります。上部には鐘楼、城壁の上を歩いているときから、人影かな?と思っていたら


Img_0156 鐘の傍にいたのは、青銅製の像。毎正時、鐘を撞くのが彼のお仕事みたいです。


_1060058 同じくルジャ広場にあるオルランドの柱。
オルランドはカール大帝に仕えた騎士で自由の象徴らしいです。


_1060075 時計塔の傍にはオノフリオの小噴水。大噴水と同じイタリアの設計士オノフリオが同時期に製作したもの。


Img_0130
広場の南側には、1,715年に完成した聖ヴラホ教会。以前の古い教会は地震で被災、その後1,706年の大火で全焼してしまい、新たに造られたのが現在の教会らしいです。


_1060055 ファザードの上、真ん中にあるのは聖ヴラホ像。


Img_0132


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またルジャ広場の北側には、後期ゴシックとルネッサンス様式が融合したスポンザ宮殿がありました。建造された16世紀頃には、造幣局や税関として使われていたようです。


Img_0143

大聖堂前よりルジャ広場。正面がスポンザ宮殿、背後にはスルジ山。
右は、元ラグーサ共和国(イタリア語でドブロヴニクのこと)の総督邸であり、評議会であり、元老院であった場所。オノフリオのバロック建築に、大地震後の修復でルネッサンス様式が加味されたようです。


_1060077 その総督邸前にあった銅像。離れて見ても目立つshineのお鼻....。私もお掃除してきました~happy01


Img_0150_2 1,192年創建の大聖堂です。十字軍の遠征に参加していた英国のリチャード王がドブロヴニクの沖合で遭難、救助されたお礼にと建造したのがこの大聖堂。元々はロマネスク様式でつくられていましたが、1,667年の大地震で倒壊したため、1,713年バロック様式で現在の建物が再建されました。


_1060089 ここにも.....正面右側に聖ヴラホ像。


Img_0146 本来、正面にあるこのステンドグラスの下には、ティツイアーノの‘聖母被昇天’が飾られているのですが、ここもまた修復中?でカバーされていました。
宝物殿に行くと見れるのかな?と思い、行ってみましたが、鉄柵の向こうに、説明もなく、何やらきんきらshineしたものが雑然と置かれており、訳もわからないまま宝物殿を後にしたのでした.....thinksweat02 撮影禁止マーク


Img_0144内部の様子


Img_0145 大理石がふんだんに使われています。美しいsign01


Img_0159 城壁に沿って歩いてみると.....意外と高さがありますsign01


Img_0157 ここではトヨタ車に遭遇、業務車両ですかね.....eye


_1060110 この門を抜けると.....


_1060100 旧港


_1060103 遊覧クルーズの案内が並んでいました。


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