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羊角湾の畔にて

2013.12.22

崎津天主堂から羊角湾に沿って更に東へ。羊角湾は、山がちな地形の中に深く複雑に入り込んだリアス式海岸をなしていて、亀浦・早浦等の肢湾に分かれた形が羊の角に似ていることからその名が付いたのだそうです。

Img_3029 海の一部とは思えないほど静かな海面。空に浮かぶ雲を映し出しています。


Img_3030 穏やかな内海であることを利用して真珠の養殖が行われている他、チヌ(クロダイ)をはじめとする釣りの好適地としても知られているようです。干潟には絶滅危惧種の貝類・甲殻類・塩性湿地植物など80種以上が棲息しているのだとか。
向こう岸の海面に漂っているのは


Img_3031 靄でしょうか.....?


Img_2170

湾の最奥部・河浦にある‘天草コレジヨ館’にも立ち寄って、グーテンベルグ印刷機(複製)や日本初の活版印刷による‘天草本’等々、興味深い展示を見ることができましたが、写真がないということは.....館内撮影禁止だったのでしょう。
‘コレジヨ’は、元々は宣教師養成のための‘学林’。全寮制の集団教育がなされたそうで、天正遣欧少年使節の4人もここで学んでいます。彼らが日本に持ち帰ったグーテンベルグ式活版印刷機を用いて、‘天草本’が刊行されたんですね。
‘天草本’は日本人信者用のひらがな本、あるいは外国人宣教師や伝道師が日本語や日本の歴史、習俗を勉強するためにつくられたもので、ポルトガル式ローマ字で綴られています。更に、外国人や日本人が、日本語やラテン語を学ぶための文典や辞書の他、‘伊會保物語’や‘平家物語’等も出版されています。
当時、ヨーロッパの出版部数は大体300~500部でしたが、ここ河浦では平均1,500部、多いときには3,000部もの印刷物が発行されました。これは、日本人の識字率の高さを示すもので、世界でも最も大きな出版事業であったと考えられています。
従来の木版印刷から金属活字印刷へと変遷した画期的な印刷方式でしたが、20年後、印刷機は宣教師の国外追放とともにマカオへ送り返されたそうです。


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