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2014年8月

つい.....手が.....

普段あまり利用しないスーパーに行くと、ちょっとおもしろいものを見つけることが時々あります。
Img_2175 今回はこれ昔流行っていたチョコレート‘ハイクラウン’のリニューアル版。この‘ミルク’の他にも‘マイルドビター’があります。‘ハイクラウン’という名前こそ記憶にあるものの、昔のパッケージがどんなものだったのか、どんなチョコレートが中に入っていたのかはどうしても思い出せない.....


ネットで探してみると、ありました。1,964年、‘大人のチョコレート’として発売されて大ヒットした‘ハイクラウン’は、高級外国タバコをヒントにした箱型パッケージ。こんなだったかなぁ.....? 記憶が定かでないのは、‘アポロ’世代の私、‘大人チョコ’を味わうには、あまりにも幼な過ぎたからなのでしょう。現在に至るまでロングセラーを続けているそうですが、これまでお店で目につかなかったのはどうしてなんだろう.....?私が気づかなかっただけかも 時代の流れに合わせて、パッケージのデザインもスマートでおしゃれになっていますね。シンプルにミルクチョコレート。‘マイルドビター’の方も味見してみたいな。
それにしても、懐かしいものを見るとすぐに手が出てしまうのは.....これも老化現象の一つなんだろうか.....

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Lunch @ タイエラワン 横須賀中央

2014. 8. 7

暑い日はやっぱ、これだな~ ということで、また来ちゃいました。
Img_2174 でも、ランチセットがあるのはこの日、初めて知りました。平日限定かな
セットメニューでも、私はやっぱり、飽きずに‘パッタイ(タイ風焼きそば)’。ご飯もついてくるらしいので、少なめにして下さい~とお願いしたら、3口ほどで平らげてしまいそうな量のご飯が登場。ご飯なしでって選択肢はなかったんだろうか.....
スープ、サラダ、ビーフンの炒めものにプチデザート付。単品注文よりもかなりお得感があります。


Img_2172 そうそう、飲みものも付いてきますよ~ せっかくなので、タイのミルクティーをお願いしてみました。‘甘いですよ。’と言われていたので、ベトナムコーヒーのような甘さを想像していたのですが、それよりはあっさりとした甘さで飲み易かったです。


Img_2173 友達は‘ガパオ’で。辛さは好みに応じて調整してくれるようです。プチデザートは、メロンシロップ(私のものはイチゴ)の中に浮いていたプチプチとした何かの卵のようなもの、気になって訊いてみると、‘バジルシード’とのこと。タイやインドでは、冷たいスイーツドリンクに混ぜて食べるのは一般的で、ダイエット効果もあるのだとか。
そう言えば.....独身時代、いっしょにタイ旅行に出かけたのも彼女とだったなぁ.....。もう15年も前のことだけど。

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Dinner @ ふくずみ 上天草

2013.12.22

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‘千巌山’から下りてきて間もなく、ドライブしていて目についたこのお店、いけす料理‘ふくずみ’さん。
お昼を食べ損なっていたので、少々早めの時間でしたが、晩ごはんにすることに。ディナータイムの営業がスタートしたばかりだったのか、広い店内、まだそれほど来客はなく静か。


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相棒さんが注文したのは、お寿司と


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天ぷらのセット。赤だし付き。赤だしの下のスプーンが茶碗蒸しの登場を予告.....。


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私は、どーんっと豪華にうに丼。


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こちらは貝汁とお漬けもの付き。時間が経ってしまったので、味の方は既に記憶にないのですが、普通に美味しかったと思います。
引っ越し作業のこともしばし忘れ、宇土半島&天草で遊び倒したクリスマス直前の週末でした~。

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絶景かな~♪

2013.12.22

天草下島から天草瀬戸大橋を経て、天草上島へ。島内を走っているときに目にした‘千巌山(せんがんざん)’の案内。なぜここに行こうという気になったのか、今となっては思い出せないのですが、多分夕日だったんじゃないかと..... 夕景が美しいという評判の天草に来ながら、まだまともな夕陽を目にしていなかったので.....。

Img_3104この辺りは‘九州オルレ 天草松島コース’ として整備されているようです。‘オルレ’は自然豊かな韓国・済州島が発祥の地。元々は済州島の方言で‘通りから家に通じる狭い路地’という意味で、その魅力は、海岸や山などを五感で感じ、自分のペースでゆっくりとコースを楽しむところにあるのだそうです。


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コース内の要所には目印


Imgp8143こちらは木製のしっかりとした標識です。青の矢印は正方向、赤の矢印は逆方向を意味するのだとか。
済州島同様、四季の美しい風景を楽しめる九州、トレッキングに適した山岳を五感で感じて九州の魅力を再発見してもらいたいという思いで整備されたコースは、各県最低1コース、全12コース。
‘千巌山(せんがんざん)’は、江戸初期の寛永14年(1,637年)、天草島原の乱の総大将天草四郎時貞が信徒を集め、島原出陣の祝酒を手酌子で酌み交わしたという伝承から、以前は‘手酌子山’と呼ばれていたそうです。
日本国立公園生みの親、田村剛氏が登山された際、奇岩怪石に感嘆し、名付けたのが‘千巌山’でした。昭和10年に名勝に指定され、昭和31年には国立公園に。
駐車場から展望所まで200mほどの距離ですが、ちょっとした、な~んちゃって登山気分も味わえます。


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そして、この展望~ 天草五橋も見えるとのことですが.....


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左上に黄色く見えているのが2号橋(大矢野橋)、中央が3号橋(中の橋)。天草五橋は当初は償還期間39年を見込んだ有料道路だったのですが、開通により天草への観光客が急増、わずか9年で償還を完了して無料化されたそうです。
中の橋の付け根辺りには、日本で2つしかないという海に浮かぶ水族館‘シードーナツ’や天草五橋めぐりの遊覧船発着所等があります。


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残念ながら、雲仙普賢岳は霞んで見えず。この背後にどーんと見えたら、かなりの迫力だったんでしょうけれど.....。
多島美で知られる瀬戸内海を更にコンパクトにした箱庭的感覚で楽しめる美しい風景が広がっていました。大矢野島と天草上島の間に点在する島は、大小合わせて20余り。天草松島と呼ばれるこの辺りは、宮城の松島、長崎の九十九島とともに、日本三大松島の一つに数えられているのだとか。


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海と反対側に目を移すと、特徴的な形の山。九州百名山の一つ、‘次郎丸岳’です。
いい感じで空が染まってきました~


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待ち焦がれていた夕陽は、海ではなく山向こうの雲の中へ


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今回の旅のクライマックス、サンセット・ショータイム
天草を存分に楽しむなら、1泊2日では全然足りませんでした..... 甘かったな.....

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りある?

2013.12.22

Img_3096 海辺でこんなものを見つけちゃいました~
その名もズバリ、‘おっぱい岩’


Img_3098 直径1.5mのこの岩、こんな風にごろんっって転がっています。生まれ故郷は、向こうの薄らと見えている.....


Img_3097 雲仙普賢岳だそうで、大昔、噴火の際に飛んできた岩が、長い年月をかけて海水の力によってあのような形に生まれ変わったんだそうです。
近くで海藻を採っていたおばちゃん、‘若い女の子が来ると、おっぱいが大きくなりますように、妊婦さんや小さな子どもを連れたおかあさんが来ると、おっぱいがたくさん出ますように、そうじゃない女性が来ると、乳がんになりませんようにってお願いするといいよって、いつも言ってるんだよ。’と、そうじゃない女性に属する私に全パターンを教えてくれました


Imgp8105 干潮時にしか見ることのできない‘おっぱい岩’、事前に時間確認が必要のようです。

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富岡城にて

2013.12.22

Imgp3345天草下島の西海岸を更に北上。次に立ち寄ったのは.....慶長7年(1,602年)、肥前唐津藩の寺沢廣高公によって築城されたという‘富岡城’。


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寛永14年(1,637年)の‘天草島原の乱’では、幕府側の拠点として一揆軍から攻撃を受けながら、必死の守りで落城を免れたものの、その後、寛文10年(1,670年)には破城されたお城です。
きれいに整備された城壁ですが、実は三重の構造になっていて、最奥の石垣は寺沢氏が築いたオリジナルのもので一揆軍との攻防戦の痕跡が残されているそうです。2番目の石垣は古い石垣を隠すために急造されたものらしく、途中で崩壊。一番表側の石垣は‘天草・島原の乱’後の領主である山崎氏がお城を修復した際に築いたもの。下の黒っぽい部分は破城の際残っていた石垣のようです。


Img_3081 平成17年4月には、本丸跡に‘熊本県富岡ビジターセンター’が完成、更に櫓(やぐら)や高麗門等も整備されました。
櫓からの眺めです。‘富岡城’は砂州で繋がった陸繋島の富岡半島の南東部の丘陵上にある梯郭式の平山城。城の東には砂嘴に囲まれた巴湾が天然の土塁となって、海からの外敵を防衛する役割を果たしており


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また、南には堀の役割を果たした袋池(右)があり、陸からの攻撃は、この砂州のみという、極めて攻撃し難い天然の要害を形成していたようです。


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高麗門に飾られた注連縄の中央には、海老.....


Img_3093 城から少し東に下った場所で海を眺める4人衆。


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‘日本の恩人’と記された前方の台座には勝海舟と頼山陽、‘天草の恩人’には、寛永18年(1,641年)、天領となった天草に初代代官として赴任してきた鈴木重成と、その兄・正三の立像。


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橘湾の向こうには島原半島の雲仙普賢岳が薄らと.....。

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妙見浦にて

2013.12.22

天草下島の西の海岸線を北上。十三仏公園の展望台から見えていた‘妙見浦(みょうけんがうら)’にも立ち寄ってみました。‘妙見浦’は、約4kmにわたり100m近い断崖が連なる豪壮な海岸。

Imgp3319海辺を目指して 下って行った道の突き当たりで車を停めて、ちょっと歩いてみました。
それにしても、この木々の低く横に傾く姿...... 海から吹き付ける猛烈な風から身を守っているのでしょうか.....?


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逆光の中で浮かび上がる岩々のシルエット。海がきらきら太陽の光を反射して眩しい.....


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この辺りが‘妙見崎’と呼ばれている場所でしょうか.....? 第3記始新統の砂岩礫石の景層より形成されているのだそうです。砂州の上を歩いてあの島まで


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島の手前から北側の景色。海の色が感動的に青い


Imgp8040 十三仏公園からこのように見えていたのが、砂州の先にあった島、多分‘妙見洞門’と呼ばれているところなんだろうと思われます。
この角度では、残念ながらわかりにくいのですが、異なった角度もう少し陸側に入り込んだ位置かな.....?から見ると、象の形に見えるようです。


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海の透明度はかなり高いです。‘妙見浦’を含む付近一帯の海は天草海中公園で、国内で初めて海中公園として指定された名勝なのだとか。
対馬暖流の影響で暖海性生物が多く生息し、海底には色とりどりのサンゴの林や亜熱帯の美しい魚たちを見ることができるそうで、人気のダイビングスポットとなっているようです。

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天草の海~♪

2013.12.22

‘天草コレジヨ館’のある河浦から東に向かい、中田港から長島行きフェリーに乗船して、鹿児島に抜けて高速で帰宅という選択肢も魅力的だったけれど、天草をろくに見ることなく旅を終えるのも心残りで、結局、河浦から引き返すルートを選択しました。大江天主堂への分岐手前でR389号を離れ、海側の道へ。
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標高342mの荒尾岳の山頂にある岳展望所に到着。かつて遠見番所があったところ。天草初代代官 鈴木重成が、公儀の意向を受け、1,641年に外洋に面した富岡・大江・魚貫崎の3ヶ所に既に番所を設けていましたが、1,660年、密貿易の取り締まりを厳重にするため、鈴木重辰(しげとき)の代に増設されたもの。1,720年に廃止されましたが、烽火台の跡が残されています。


Img_3032 遠見番所であっただけあって、見晴らしはすばらしいです。


Img_3036 東シナ海水平線はぼ~んやり.....


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崖の先端に小さな灯台。あの辺りは十三仏崎と呼ばれているようです。


Imgp3311 四国八十八ヶ所の札所であり、多くの人々の信仰が絶えない十三仏の御堂が近くにあるからだそう。


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荒尾岳展望所から見えていた、小さな灯台。正式名は‘高浜灯台’ですが、地元の人々の間では‘十三仏灯台’として親しまれているようです。


Imgp3301 灯台に向かう手前には‘十三仏公園’として展望台が整備されていて、ここから見る夕陽は‘天草夕陽八景’に選ばれているようです。見てみたかったなぁ.....


Imgp3306 傍らには、与謝野鉄幹・晶子夫妻の歌碑。

 天草の十三仏のやまに見る 
    海の入日とむらさきの波(鉄幹)

 天草の西高浜のしろき磯 
    江蘇省より秋風ぞふく(晶子)


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ここからの展望がまたすばらしい国の名勝、‘妙見浦’方向の景色


Imgp8051 魚貫崎方向


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見おろすと、マリンブルーの海


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岩場で釣りをする人見っけ


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どんな魚が釣れるんでしょうね.....


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十三仏の御堂近くから見える、白鶴浜海水浴場。天然の白い砂浜が1.3km続く美しいビーチです。


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シーズンオフなのに、ゴミ一つ見当たりません すばらしい。

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羊角湾の畔にて

2013.12.22

崎津天主堂から羊角湾に沿って更に東へ。羊角湾は、山がちな地形の中に深く複雑に入り込んだリアス式海岸をなしていて、亀浦・早浦等の肢湾に分かれた形が羊の角に似ていることからその名が付いたのだそうです。

Img_3029 海の一部とは思えないほど静かな海面。空に浮かぶ雲を映し出しています。


Img_3030 穏やかな内海であることを利用して真珠の養殖が行われている他、チヌ(クロダイ)をはじめとする釣りの好適地としても知られているようです。干潟には絶滅危惧種の貝類・甲殻類・塩性湿地植物など80種以上が棲息しているのだとか。
向こう岸の海面に漂っているのは


Img_3031 靄でしょうか.....?


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湾の最奥部・河浦にある‘天草コレジヨ館’にも立ち寄って、グーテンベルグ印刷機(複製)や日本初の活版印刷による‘天草本’等々、興味深い展示を見ることができましたが、写真がないということは.....館内撮影禁止だったのでしょう。
‘コレジヨ’は、元々は宣教師養成のための‘学林’。全寮制の集団教育がなされたそうで、天正遣欧少年使節の4人もここで学んでいます。彼らが日本に持ち帰ったグーテンベルグ式活版印刷機を用いて、‘天草本’が刊行されたんですね。
‘天草本’は日本人信者用のひらがな本、あるいは外国人宣教師や伝道師が日本語や日本の歴史、習俗を勉強するためにつくられたもので、ポルトガル式ローマ字で綴られています。更に、外国人や日本人が、日本語やラテン語を学ぶための文典や辞書の他、‘伊會保物語’や‘平家物語’等も出版されています。
当時、ヨーロッパの出版部数は大体300~500部でしたが、ここ河浦では平均1,500部、多いときには3,000部もの印刷物が発行されました。これは、日本人の識字率の高さを示すもので、世界でも最も大きな出版事業であったと考えられています。
従来の木版印刷から金属活字印刷へと変遷した画期的な印刷方式でしたが、20年後、印刷機は宣教師の国外追放とともにマカオへ送り返されたそうです。


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海の天主堂

2013.12.22

次なる目的地は、波穏やかな羊角湾の入り江に佇む‘崎津天主堂’。

Img_3021 大江天主堂と同じ、鉄川与助氏が手掛けた‘崎津天主堂’は、小さな漁村の中心にありました。


Imgp3273 民家やお土産物屋さんが密集する小路を海に向かって歩くと、左側にあります。


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明治以来3回の建てなおしを経て、昭和9年にフランス人宣教師、ハルブ神父により創建された天主堂はゴシック建築で、堂内は畳敷きになっています。


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1,683年の禁教令以後、激しい弾圧を受けながらも、この地では、240年間に渡って‘潜伏キリシタン’として信仰が守られてきました。
正面の祭壇がある場所は、禁教時代に厳しい踏絵が行われていたところだそうです。


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‘ルルドの泉’の中では、錦鯉たちがマリア像の足元に集まって来ていました。
1,857年(安政2年)10月、練習艦‘観光丸’の艦長として天草に来航した勝海舟は崎津にも寄港。かつてこの天主堂の場所にあった庄屋に宿泊をしているようです。


Img_3023何でもない、漁村の普段の平和な風景.....。


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多くのキリスト教徒が厳しい弾圧を受けたこの地を顧みるとき、最近の厳しい自然現象、緊張の続く国際情勢を思うとき、この平穏な日々がこの先もずっと続いていくことを祈らずにはいられません。

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青空と白亜の天主堂と

2013.12.22

熊本旅からの続きです。
昭和8年、フランス人宣教師ガルニエ神父が地元信徒と協力して建てたという‘大江天主堂’。下田温泉から更に少し南に下った辺りにあります。

Imgp3265 天主堂へは、天草ロザリオ館の駐車場に車を置いて


Img_3006 右手前にある小路を進み


Img_3007 木々に覆われた石段を少し登ります。


Imgp3229 石段途中で思がけなく出合った、マリアさま


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このロマネスク建築の白亜の天主堂は高台にあり、天草下島の西海岸のメインルート389号からも結構目立つ存在。


Imgp3234 おもしろい形ですが.....蘇鉄でしょうか.....?


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教会の横には墓地。墓石の上には十字架。


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正面入り口から見上げる大江天主堂。深い青色の空に眩いばかりの白壁.....南国ムードあふれる建物です。迫力がありながら威圧感がないのが何とも不思議.....。屋根から下がるイルミネーション。クリスマスのこの時期、夜になると美しくライトアップされるのでしょうね。
内部は写真撮影禁止。天井が高く、広い心が静かに落ち着いてくる、そんな穏やかな空間でした。


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天主堂建造のために私財を投じたルドビゴ・F・ガルニエ神父。‘パアテル(神父))さん’と親しみを込めて呼ばれ、この大江で農民と貧苦をともにしながら布教活動を続けました。胸像の下には‘敬慕’と刻まれています。


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ガルニエ神父は、25歳で来日、82歳で亡くなるまでの約50年間を布教活動に努め、祖国には帰らず天草に骨を埋められたそうです。


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ガルニエ神父も眺めていらしたであろう天主堂からの風景。


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帰りは石段ではなく、車道を歩いて下りました。こんなところにも.....さまざまな表情のくまモンが並んでいました。


Img_3020 車道途中から振り返って見る天主堂。そこだけまるで外国のよう.....。天主堂の建築を手がけたのは、宣教師の元で西洋建築について学んだ、鉄川与助氏。長崎県五島列島ご出身で、長崎をはじめ、九州各地で教会建築に多大なる貢献をされていますが、彼自身は生涯仏教徒であったそうです。

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残りものには福があり~

2014. 7.28

銀座に出かけたついでに、松屋に入っている‘紫野和久傳’さんへ。気になっていた季節限定の‘笹ほたる’がお目当てです。

Img_2163 ‘これ下さい。’とお願いすると、ショーケースの中にあったものをそのまま取り出す店員さん。‘これが最後の1つなんです。’とにっこり。おお間に合ってよかったぁ~


Img_2166 季節とともに色々な表情を見せるほのかなあかりに思いを寄せて仕立てる羊羹シリーズの夏バージョンが、この‘笹ほたる’光
備中白小豆の抹茶あんと琥珀色の香り高いほうじ茶の寒天との取り合わせ。上品な甘さのあっさり、さっぱりとした羊羹です。抹茶の苦味も、ほうじ茶の香ばしさもしっかり感じ取ることができ、それでいて2つの味が喧嘩することなく、不思議なハーモニーを醸し出しています。夏の夕べの笹に集う野辺のほたる狩りに見立てた羊羹、贈り物にもきっと喜ばれるはず


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Lunch @ エスキス 銀座

2014. 7.28

熊本旅の途中ですが、できるだけ記憶がフレッシュなうちに、ちょっとだけ割り込み.....
この日、あしながおじさん上京。今回のランチは、ロイヤルクリスタル銀座は9階にあるフレンチレストラン、‘エスキス’にて。
Img_2137 銀座とは言え、メインの通りからは少し入ったロケーションで眺めはイマイチ。それでも大きくとられた窓のおかげで解放感は大。
まずは冷えたシャンパン一杯。スリムなグラスの中で、淡い黄金色の液体の中を繊細な泡が次から次へと真っすぐ浮上してくる。夏らしくて、涼やか。ピンボケだけど.....
右奥に見えている洋梨?のようなオブジェは、シェフの娘さんの落書きを形にしたものなのだとか。
メニューはなく、テーブルに置かれていたのはシェフが描いた‘エスキス’(素描)。


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高級感のあるレストランなのですが、スタッフの方が適度にフレンドリーな感じでにこやかに接客して下さるので、威圧感がないのが嬉しい。料理についてもひと皿ひと皿それはそれは丁寧に説明して下さるのですが、できの悪い脳みそからは即オーバーフロー 
アミューズその1。この写真を見て記憶にあるのは、タルト?の上にトッピングされていたのがマンゴであること、もう一品のディルが浮かんでいる泡は日本酒でつくられたもの.....ということくらい 泡の下にはウニがあったような.....。さまざまな食材を少量ずつ使いながらひとつの料理としてまとめてしまう、その才能に脱帽
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続くアミューズ。三重産の牡蠣には香ばしく炒られた蕎麦の実と.....こちらの繊細な泡は何でつくられていたんでしたっけ..... 牡蠣に臭みは全くなく、食感的にはブランマンジェのような、ぷるんふわりとした感じでした。
おもしろいのは、盛りつけ方。真ん中を微妙に避けて出される料理が多かったです。


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バターは無塩。お好みに応じて、岩塩とともにどうぞ.....とのことでした。


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バケットもお皿の端の方に遠慮がちに置かれていました。外はパリッパリッで香ばしく、中はふんわり。小麦自体の甘みを感じることのできる美味しいバケットでした。
手前の不思議な形状のものは、木製のバターナイフ。滑らかな手触りが気持ちよかったです。


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フランス産のきのこ、ミル貝、ウイキョウをソテーしたものが運ばれてきて、テーブルにて上から白ワインを使ったソース.....とおっしゃっていたような気が.....をまわしかけていただいて完成。


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魚料理は、今が旬の鮎。左の大きめの鮎が天竜川で獲れたもの、右手前は琵琶湖の地鮎だそうです。よく見ると、まるで怪獣のような恐い顔をした鮎ですが、しっかり火を通してあるので頭ごといけちゃいます。向こうに見えるのは、鮎の身はもちろん、内臓も使ってムース状にしたもの。手前の酸味の効いたソースとともにいただきます。赤く輝いて見えるのはスイカスイカ - イラスト素材 | 商用利用可のベクターイラスト素材集「ピクト缶」


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肉料理は、人生初の小鳩。鳩の筋肉はすごいと聞いたことがありますが、噛み応えのあるしっかりとした食感。緑色は確か、グリンピースでつくられた、まるでバター状のソース。手前がスモモ on もも肉、左が胸肉 on ほうれん草のソテー


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そして、こちらが衝撃の.....


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無花果ではありません。頭です。相棒さんとだったら、絶対無理~とか言いながら、押し付けるところですが.....。‘いただいた命は余すところなく.....’という、あしながおじさんのドスの効いた?ひと言に、意を決していただいてみると、これが意外と香ばしくて美味小鳩さん、ごめんなさい、美味しくいただきました


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プレデセールは、ガラスの器に用意されたさまざまな食材をかきまぜていただきます。アニスの効いた、何とも言えない大人味のデザートでした。


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デセールのメインの食材は、これまた旬のとうもろこし。アクセントはオレンジ。ひげまで揚げて使ってあります。ずんだソースとカラメリゼされたポップコーンが添えてありました。


Img_2155 最後のお茶とともに出された焼き菓子も美味しかったです。


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飲みものは、フレッシュハーブティーを。確かレモングラス、カモミール、ミントのミックスだったように記憶しています。
このカップ、実は有田焼。使われる器は和ものが多かったような気がするのですが、どれもおしゃれですてきでした。カトラリーも繊細で手に馴染みのよいものばかり。でも、やはり芸術的な料理は最高にすばらしかったです。
お店を出るときに、見送りに出て下さったシェフは背高のっぽの、シェフというよりは芸術家といった感じのすてきなフランスの方でした。

Img_2158 テーブルの上で迎えてくれた、シェフの手による‘エスキス’は一人ひとり異なる素描。私の席にあったのは左側、‘新味 FRESHNESS(英文字は手書きのようです。)’。あしながおじさんの席には右の‘水影 SHADOW’。洋梨?のマークの入った小箱にはハーブティーとともに登場した焼き菓子3種のお土産


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