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白壁土蔵の町・松合Ⅰ @ 不知火

2013.12.21

地図に‘白壁の町’とあるのを見つけ、‘行ってみようよ。’と言い出したのは私。‘松合(まつあい)’という地名はそのとき初めて知りました。宇土半島の南岸、不知火町の西に位置するこの町は、北と東西を丘陵に囲まれ、南は八代海に面した温暖な地で、漁業と醸造・廻船で栄えたようです。肥後一の漁師原(りょうしばる)と称され、水揚げされた魚は藩用に供されました。文政年間には細川藩で最初の魚市場が開かれたそうです。酒造りも江戸初期に始まり、4つの造り酒屋で千石ほどのお酒が造られていたと言います。海産物加工品は‘五十集(いさば)’と呼ばれ、帆船で近隣諸国に運ばれました。中には、下関から関西まで販路を広げた業者もあったようです。

Img_2136 火事の多かった松合。特に文政9年(1,826年)から天保2年(1,831年)にかけて4度の大火では、延べ871戸が焼失しています。そのため、被災者の救済と防火対策は至上命令として代々の惣庄屋に受け継がれました。海岸を干拓し、屋敷新地を造って被災者を移住させ、跡地は火除け道として土蔵白壁の家造りを進め、同時に3ヶ所の舟溜まりを設けて、港を整備しました。現在の町筋はそのときにできたもの。


Imgp3147 数少ない土蔵造りの職人さんの手によって昔ながらの工法で平成6年につくられたビジターセンター。町歩き用の地図をいただけないかと立ち寄ってみたところ、女性職員の方がボランティアガイドさんを呼んで下さいました。


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浦の谷川に架けられていた3基の眼鑑橋の一つ、須ノ前眼鑑橋。


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昭和の高度成長期にも唯一残されていた橋ですが、平成11年の台風18号後の復興工事に伴い、撤去されたようです。


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橋の後ろにはヤマア醤油さん。丸大豆は阿蘇産のもの、麦は菊池市の有機無農薬農法で育てられたもの等、原料にこだわった商品をつくられている会社です。福岡にいたときには、こちらのお味噌を使うことも多かったので、この松合で社屋を偶然見つけてびっくり


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そして、その傍には小さな祠。


Imgp3154 港と交易で栄えた町らしく、中には恵比寿さま。町内のあちらこちらで地区ごとの恵比寿さまをお見かけしました。


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散策中に見かけた‘アコウの木’。その迫力も、神秘性も写真では捕らえることができず.....


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少し山側に入ったところにあった光暁寺(こうぎょうじ)。山門の彫刻がすばらしい


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浄土真宗本願寺派のお寺のようです。


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気になったのが山門の下に埋め込まれたこれ実はこれ、ひき臼が並べられているんです。この辺りではお嫁入りの際に石臼を持参するそうですが、使えなくなったものをお寺に奉納する風習があるのだとか。

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