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飛騨の匠の技

2014. 2. 1

再び、飛騨高山の旅より。

Img_0207 昼食後に訪れた‘高山祭屋台会館’。こちらでは、秋の高山祭に曳き出される屋台を見学することができます。


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祭のときにしか目にすることができない屋台を年間を通じて見ていただきたいということで建設された‘高山祭屋台会館’。
現存する23台(普段は各町内の屋台蔵に保管されているそうです。)のうち4台を交代で公開中。希望に応じて、巫女さんに案内していただくことも可能です。


Dsc_0201私たちが訪れたときに展示されていた屋台は.....。
‘宝珠台(ほうじゅたい)’。この屋台の台輪はケヤキ材の一枚板で、高山の屋台の中でも最も美しいとされています。


Dsc_0213文政11年の大改修で、棟飾りに載せられた雌雄の大亀。屋根を軽くするために、和紙に漆をかけた一閑張りでできているそうです。


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‘金鳳台(きんぽうたい)’。享保3年の創建と言われていますが、その後破損、文政元年に完成したのが現在の屋台。


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神功皇后・武内宿禰(たけうちのすくね)の像が飾られています。


Dsc_0208 ‘鳳凰台ほうおうたい)’。創建年代不詳、嘉永7年、明治43年と2度の大修理を経て現在に至っています。


Dsc_0207 棟飾りの輝く鳳凰が眩しい。


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神社建築の様式を取り入れた‘行神台(ぎょうじんたい)’。創建は享保3年以前と言われ、最古の屋台の一つだそうです。明治9年の大火で一部類焼、明治16年に再興。


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この地域を開いた行者の徳を慕い、祭神として役の行者が飾られています。


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こちらは‘みこし’。文政年間に創造された前神輿が明治8年、大火のため焼失。現存のみこしは、明治21年から5年間かけてつくられたもの。重さ約2トン半の大神輿です。


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茶人殿様金森氏の城下町として栄えた高山。1,692年、幕府の直轄地となると、それまでの上方好みの文化に江戸文化が入りこんで融合し、栄えることとなりました。町人たちは町毎に屋台をつくり、心意気を競ったそうです。
この屋台づくりを技術的に支えたのが‘飛騨の匠’と呼ばれる、木工・塗り・彫刻・金具・織り・染め・絵画・人形に携わる職人さんたちです。
645年の大化の改新で税制が確立しましたが、飛騨では律令制度以前に顕在していた‘飛騨の匠’の技を中央政府が都の造営に活用するその代わりに免税とすることを制度化、年間100人もの‘飛騨の匠’が都に派遣されていたのだそうです。奈良や京都の都づくりに飛騨の職人さんたちが少なからず関わっていたんですね。その技が細部にわたって活かされた高山祭屋台、もっと間近で見学できればよかったのですが、国の重要有形民俗文化財ですから.....無理なのでしょうね

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