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おひなさまめぐり @ 筑後吉井 うきは

2013. 3. 9

九州に春の訪れを告げる‘ひなの国九州’。ひな祭りの伝統を重んじてきた九州各地の11の市町で開催されるお祭りです。ここ、うきは市吉井町もその一つ。
Img_9021 有馬藩の城下町、久留米と天領日田を結ぶ豊後街道の宿場町として栄えた吉井町で、酒造、製麺、精蝋等の産業で財を蓄えた商人や地主たち。現存する土蔵白壁の家々は、その富の象徴であり、そういった旧家や公共施設、個人宅や商店にさまざまなおひなさまが展示中と聞いて、おひなさまめぐりをしてきました。


P3091468 まずは、町内で一般開放されているお屋敷の一つ、‘鏡田屋敷’へ。幕末から明治初期に、郡役所の官舎として建てられたお屋敷だそうです。


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玄関を入ってすぐ左側の広間に飾られていたおひなさま。


P3091455 奥の大広間にも、このような感じでおひなさまが飾られていました。これらのほとんどが寄贈されたものだそうです。この大広間、襖を取り払い、隣接した部屋も合わせると約50畳にもなるそうです。


Img_8986 大広間に並べて飾られていた2つのおひなさま。違いがわかりますか?
右が京ひな、左が江戸ひなだそうで、男雛と女雛の位置が左右逆になっています。かつての日本では左が上位とされていて、明治天皇の頃まではこれに従っていたそうですが、明治の文明開化によって日本も西洋化し、その後最初の即位式を挙げた大正天皇は、西洋式に倣い、右に立たれたそうです。以降、それが皇室の伝統になったのだとか。畿内や西日本では、現在でも昔のしきたりに従って男雛を左に置くことがあるとのこと。


P30914612階の中広間に飾られていたものの中で気になったのは、珍しい博多人形のおひなさま。


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丸っこいお顔とお姿が愛らしいのですが、ブログに写真を載せようとすると画素数を大きく落とさなければならず、鮮明な画像になりません。おひなさまの表情をきれいにお伝えできないのが残念.....。


Img_9015 次に向かったのは、こちらも一般に公開されている‘居蔵の館’。精蝋業で財を成した大地主の分家として、明治末期に建てられ、大正初期に改築された建物。


Img_9011 玄関先、神棚の下で迎えてくれたのは、‘箱雛’。


P3091475 見慣れたおひなさまとはまたひと味違った雰囲気。


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こちらの七段式のおひなさまもなかなか立派。


Img_9016 続いて、林家のおひなさま。こちらには、お店にいらした女性のおひなさま、その娘さんのおひなさま、嫁いで来られたお嫁さんのおひなさま、そしてお孫さんのおひなさまが勢ぞろい。おひなさまは一家に一つと勝手に思い込んでいた私には、ちょっとした驚きでした。


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お店の壁に飾られていたのは、‘おきあげ’。おひなさま、歌舞伎、浮世絵を題材に、描いた下絵を厚紙に写し、布や綿を使って立体的に盛り上げる押絵細工のことを言います。羽子板等にも見られますね。明治時代から昭和初期にかけて、各家々の女性が手づくりしたものだそうです。


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出来上がった‘おきあげ’は、細く削った竹を取り付けて、ワラや畳の端に挿し、このように‘箱雛’の周りを飾ったのだとか。


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こちらは、‘蔵しっく通り’のお菓子屋さんで拝見せていただいた‘おきあげ’、力作が並んでいます。


Img_9033 観光会館‘土蔵’にもたくさんのおひなさまが展示されていました。‘御殿雛’というのは初めて見ました。


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‘箱雛’もこんなに.....。鏡田屋敷で案内して下さったボランティアの方がおっしゃるには、腕のよい人形師のつくった女雛は穏やかで、慈悲深い表情をしているけれど、ある角度から見ると、恐ろしい表情に一変するのだそうです。これは、邪気を追い払うためだとのこと。おひなさまも、奥が深いんですね。

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