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長崎街歩き その2 祟福寺へ 前篇

2013. 2. 7

桜だよりをリアルタイムでお届けしたいと、長崎旅行編が後まわしになってしまいましたが.....続きです。
‘長崎ランタンフェスティバル’を見物した翌日。ホテルをチェックアウトして、祟福寺へ。
Img_8850 道中、浜市アーケードを歩いているときにお見かけした‘月下老人’さま。中国の縁結びの神さまで、運命の二人の足首を赤い糸で結ぶのだそうです。衣装を変えると、サンタクロースにも変身できそうな.....?


Img_8851 アーケードを抜けた頃、大浦けいさんの居宅跡を偶然発見恥ずかしながら、NHKの大河ドラマ‘龍馬伝’を見るまで知らなかったのですが、日本茶輸出貿易の先駆者で、長崎の三女傑のひとりだそうです。


Dsc02704 祟福寺に到着すると、まず三門が迎えてくれます。その形から、竜宮門とも。
1,629年に、長崎に住んでいた福州出身の中国人たちが、故郷の僧 超然を迎えて寺を造ったのが始まりだそうです。


Dsc02705 門の左右に置かれた狛犬?も、日本のお寺のものとは雰囲気が異なります。日本だと、左の雄(阿吽の吽)と右の雌(阿)で一対となりますが、中国の場合、阿吽の形は関係なく、右の子獅子と戯れているのが雌.....


Dsc02706

左の毬を抱えているのが雄なのだとか。

Dsc02712 門を通り抜けようとして、おもしろいものを発見


Dsc02711 ‘獣環’と言われる、中国では一般的な装飾品ですが、日本ではここが唯一のものなのだとか。以前、盗難に遭ったことがあり、無事戻ってはきたのものの、現在は外されてお寺の方で保存されているそうです。なので、こちらはレプリカ。


Dsc02720 三門を抜け、階段を上って行くと、1,644年創建、1,696年改築の‘第一峰門’(国宝)。寧波で切り組み、唐船で輸入して組み立てたようです。


Img_8897 ‘第一峰’の扁額は即非禅師によるもの。


Img_8899

軒下に描かれた色とりどりの吉祥文様。


Dsc02724 第一峰門を抜けると、本堂である‘大雄宝殿’が見えてきました。こちらも中国で切り組み、1,646年に建立されたもので、長崎に現存する最古の建物なのだそうです。元々は単層の建物でしたが、1,681年頃重層化されたようです。1階は黄檗様で、2階部分は和様となっているそうですが、違和感は全くありません。


Dsc02737 興福寺もそうでしたが、中は煉瓦敷き。‘大雄’とは釈迦如来のことを指し、この‘大雄宝殿’の本尊は、写真右側の釈迦如来坐像。


Img_8872 胎内から銀製の五臓と布製の六腑が発見されたというから驚きです。


Img_8873 左右に並ぶ十八羅漢 は、中空の寄木造りで、麻布を置き漆で固めたもの。


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