« 吉野ヶ里歴史公園 倉と市 | トップページ | 吉野ヶ里歴史公園 北墳丘墓 »

吉野ヶ里歴史公園 南内郭

2013. 2. 3

Img_8371 市から見る南内郭は、環濠と城柵で囲まれ、物見やぐらも見えています。


P2030189 深めの濠.....。


P2030198 直径30cm、高さ10m以上の柱を使ってつくられた物見やぐらは、南内郭の中の4ヶ所にあり、そのうち2つには登ることができます。


P2030200これだけ警備が厳重なのは、この地域に、吉野ヶ里集落や周りのムラムラを治めていた王やリーダー層の人々が住んでいたからだと考えられています。当時としては極めて貴重な、一部の有力者しか持つことができなかったと言われる鉄製品が数多く発見されていることもこの推測の裏付けとなっているようです。
こちらは、物見やぐらから見おろす王一家の家。手前左側の建物は煮炊屋で、料理はムラ出身者が担当していたようです。


P2030195 王の家の中。簡単なベッドのようなものがあります。枕元には、王の力を示す品々が置かれているのだとか.....。


P2030197 食器らしきもの等も置かれてありましたが、住居自体は一般の人々のものと大差なかったように思います。この当時の王は、権力や財力にものを言わせて、豪華な住居をつくらせるといった暴挙に出るようなことはなかったということなのでしょうね。もっとも資材確保が困難だったのかもしれませんが.....。


Img_8393 王の家と、広場を挟んで東側にあるのは.....右の大きな建物は‘集会の館’で、王や大人(だいじん)たちが集まって、儀式や話し合いをする場所。木の向こう側に見える竪穴住居は、大人が客人を迎えたり、執務にあたったりする場所だったようです。


Img_8384 その大人の住居は、‘集会の館’の南側にありました。こちらも、一般の人々の住居と変わりありません。


Img_8432 南側にあるやぐら門から見た南内郭。広場では、ムラの人々の共同作業場で、例えば、狩の獲物を分け合ったり、ムラの守り神を祭ったり、死者を葬ったりする場所だったと考えられているそうです。

|

« 吉野ヶ里歴史公園 倉と市 | トップページ | 吉野ヶ里歴史公園 北墳丘墓 »

見て歩き」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 吉野ヶ里歴史公園 南内郭:

« 吉野ヶ里歴史公園 倉と市 | トップページ | 吉野ヶ里歴史公園 北墳丘墓 »