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人吉城公園

2013. 2.11

続いて訪れたのは、‘人吉城公園’。源頼朝に仕えた遠江国(現・静岡県西部)の相良氏が、地頭として赴任して以来、35代670年の長きにわたって在城した平山城、人吉城。明治の廃藩置県によって廃城され、現在は、その城跡が人吉城公園として整備されています。
Img_8672 三の丸は、二の丸の北・西部に広がる曲輪。当初からその周辺には石垣がつくられず、自然の崖を城壁としていて、‘竹茂かり垣’と呼ばれる竹を植えた垣で防御していました。これは、お城がシラス台地上に築かれているため、崖の崩壊を防ぐ意味もあったのだそうです。
この解放感あふれる空間がいいですね~


Img_8671 三の丸から見る二の丸。
戦国時代までの人吉城は、東南の上原城を本城とする山城で、この場所は‘内城’と呼ばれる婦女子の生活する場所だったようです。1,589年、第20代長毎(ながつね)によって近世城としての築城が始まると、本丸・二の丸の場所となり、1,601年には石垣が完成。江戸時代の始めには、‘本城(本丸)’と呼ばれているように、城主の住む御殿が建てられ、城の中心となる場所となりました。


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二の丸から本丸へと続く石段。


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石段を登り切ると.....本丸跡がありました。
‘高御城(たかおしろ)’と呼ばれていた本丸。地形的には天守台に相当しますが、天守閣は建てられず、1,626年に護摩堂が建てられ、他にも御先祖堂やときを知らせる太鼓屋、山伏番所があったようです。下に写っている礎石群は、板敷きで4間四方の2階建ての護摩堂跡とのこと。中世には、‘繊月石’を祀る場所であったように、主として宗教的空間として利用されていたようです。



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二の丸から降りて来ると、紅梅の木。


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青空を背景に、一層色鮮やか。


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三の丸より見おろす人吉の街と球磨川の流れ。
このまま川の方まで下って行くと、更に見どころもたくさんあったようなのですが、ちょうど城山の反対側に駐車してしまったので、このまま引き返し、見逃してしまいました。ちゃんとしたガイドブックも持たず、ゆとりのない、行き当たりばったりの観光はこういう失敗も付きものとはいえ、もったいないことしちゃったなぁ..... 


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