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青井阿蘇神社 @ 人吉 熊本

2013. 2.11

人吉で最後に訪れたのは、国宝‘青井阿蘇神社’。

Dsc02422 神社前の禊橋の上から見た蓮池。今は、水面から突き出ている枯れ茎のようなものしか見えませんが、夏になるとわっさわっさと葉を茂らせ、その間間に美しい花を咲かせるのでしょうね。見てみたいなぁ.....。


Img_8704 ‘国宝’という立派な石碑。青井阿蘇神社が国宝に指定されたのは、平成20年のこと。
慶長期に一連で造営された社殿群は、中世球磨地方に展開した独自性の強い建築様式を継承しつつ、桃山期の華麗な装飾性を取り入れていることが特徴で、南九州地方における近世神社建築の発展において影響を与えていることなどの文化史的意義が認められ、指定されたのだそうです。建造物としては日本最南端の国宝となり、神社が国宝指定を受けたのは実に47年ぶりのことだったのだとか。創建は平安時代の806年。阿蘇神社の三神を祭神とし、鎌倉時代から明治維新までの約700年にわたってこの地を治めた相良家歴代当主の保護により、改修が行われてきました。


Dsc02423 鳥居の向こうに見えているのは、楼門。
南側から北に楼門・拝殿・弊殿・廊・本殿の五棟一連の御社殿は、相良20代長毎(ながつね)が江戸時代初めの1,609年から4年にわたり造営したもの。一連の御社殿がすべて同時期のものであるということは、全国的に見ても貴重なものなのだとか。
御社殿すべてが黒を基調とした漆塗り、細部の木組みに赤漆を塗り、彫刻や模様は極彩色を用いるとともに各所に装飾が施されています。が、何と言っても、屋根の棟が高く、勾配が急な茅葺屋根が一番の特徴で、人吉球磨地方にはこのような歴史的建築物が数多く残されているのだそうです。


Dsc02429 楼門の手前右側にこんなものを発見
‘招霊木と書いて‘おがたまのき’と読みます。天に向かって真っすぐに枝を伸ばすことから神霊を招く木、すなわち神の依り代(よりしろ)とされてきました。 玉串など、現在では神事に榊を用いますが、古来は招霊木が使用されていたのです。そして、貨幣の基本である1円玉にデザインされているのが招霊木なのです。’


Dsc02428 禅宗様式と桃山様式が華麗に調和した高さ12mの楼門。


Img_8700 上層の屋根四隅の軒下には、それぞれ陰陽一対(阿吽の形相)の計8つの鬼面。この角度からでは一方の面しか見えませんね、失敗失敗..... このようなところに鬼面が取り付けられているのは、他に類例を見ないことから‘人吉様式’と呼ばれているそうです。


Dsc02411 拝殿も立派な茅葺屋根。内部は、拝殿・神楽殿・神供所(じんくしょ)の3つに仕切られています。


Img_8703

鈴緒が5本。一度に多くの人がお参りできるようにといった配慮でしょうか.....。


Img_8694

Dsc02392

拝殿の手前右側には、こんなおみくじの結び所.....?


拝殿の右奥には御神木の‘神楠’。地上1mくらいのところで、幹が2つに分かれてしまっています。高さは21.5m、樹齢は不明とのことです。
Img_8689 幹周りは約5m。立派な大木です。


Dsc02398 御神木の傍にはさざれ石。


Dsc02401

境内に置かれていた遊具。人吉に伝わる郷土玩具‘きじ馬’だそうです。何だか微笑ましいですね。
青井阿蘇神社に隣接する‘文化苑’(平安時代初期から明治時代に至る1,100年間、大宮司を58代にわたり世襲した青井家所有のお屋敷のようです。)の方は既に見学受付けを終了していて、見て歩くことはできませんでした。
人吉.....温泉も心残りだし、今度またゆっくり来なきゃいけないなぁ.....

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