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2013年2月

軍艦島へ

2013. 2.16

クルーズの本来の目的はここから。

Dsc05297 長崎市と大中瀬戸を隔てた離島、伊王島を結ぶ伊王大橋(2,011年3月27日開通)を抜けると、長崎湾を出て五島灘へ。


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目指す場所が見えてきました。


Img_8738 いよいよ上陸ここは端島(はしま)、通称‘軍艦島’です。かつては海底炭鉱によって栄え、当時の東京の9倍、世界一の人口密度を誇る島でした。島の元々の大きさは南北約320m、東西約120mと、現在の3分の1ほど。6回にわたる埋め立て工事で南北約480m、東西に約160m、約6.3haの広さに拡張されたのだそうです。堤防手前の橋桁のような?場所には釣り人が数人。


Dsc02537 軍艦島への入り口はこちら。


Dsc02534 見学は3つの広場から。最初の広場から見える景色。
奥の白っぽい建物は小中学校。その左側に小さく見えている灰色の建物は島内最大の鉱員アパートで、屋上には幼稚園もつくられていました。小高い山の上この岩山の部分が端島のオリジナルだそうですが.....に建っているのは、幹部職員のアパートだったそうです。小中学校の手前に見える支柱は、精選された石炭を貯炭場に運ぶベルトコンベアーの一部。


Dsc05375 岩山の上には、1,936年に建設された島内唯一の神社、端島神社。拝殿は既に崩壊、本殿と鳥居の一部が残っています。


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第2見学広場より。右側の建物は、主力坑だった第二竪坑へ出入りするために設けられた桟橋へ向かうための場所。海底炭鉱であるここでの採掘作業は、海面下1,000m以上の地点にまで及んでいたのだとか。勾配はきつく、気温30℃、湿度95%という過酷な環境の中での作業でした。1,892年から1,974年の閉山までに採掘された石炭は約1,570万トン。現在、鉱山施設のほとんどが崩壊してしまっています。


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煉瓦造りの建物は、総合事務所。事務所内には、鉱員のための大きな浴場がありましたが、浴槽はいつも真っ黒だったといいます。


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第3見学広場より。1,958年完成のプール。小中学校の前にあったプールが、台風で大破したため、こちらに移転建設。海水を利用した25mプールと幼児用プールが併設されていました。


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1,916年に建設されたこの建物は日本最古の7階建て鉄筋コンクリートの高層アパートと言われています。
島内には、学校や病院、商店の他、映画館やパチンコホール等娯楽施設もそろっていたようですが、緑がなかったため、PTA等が協力し合って、アパートの屋上に土を運び、花や野菜を育てていたとのこと。これが日本初の屋上菜園だったといわれています。
最近のイギリス映画‘007 スカイフォール’では、‘デッド・シティ(廃墟の島)’として使われた‘軍艦島’、実際に制作スタッフが現地撮影を行ったそうですが、その場所への一般見学者の立入りは制限されています。


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見学を終え、船に乗り込む瞬間、海面が午後の陽光にきらきらと反射。


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私たちが島を離れるときには、釣り人たちの姿は既になく.....。


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次のクルーズ船がすぐに着岸。


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岩壁が島全体を囲い、高層鉄筋アパートが立ち並ぶ外観が軍艦‘土佐’に似ていることから‘軍艦島’と呼ばれるようになった端島。外海に出た、ちょうどこの辺りが軍艦っぽく見えるスポットなのだそうです。


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岩山の部分に見える灯台がつくられたのは、閉山後のこと。それまでは、‘軍艦島’は24時間眠らない島だったため、灯台は必要なかったんですね。


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外海の方が波が高いのに、外海に面した側の建物がきれいな形で残っているのは何だか不思議な気がします。


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小さな場所にできるだけたくさんの人を住まわそうとした結果、高層アパートが林立するという、このような形になったのでしょうが、エネルギー需要が石炭から石油に移行したことで、出炭量も人口も徐々に減少、1,974年1月に閉山、同年4月には無人島になったそうです。
島を所有していた三菱マテリアルが、2,001年高島町に無償譲渡、市町村合併により現在は長崎市の所有となっています。観光客が上陸・見学できるようになったのは2,009年から(但し、制限付き)。ツアー催行の際は、風や波等の安全基準を満たしていなければならず、実際に上陸できる日数は100日程度と言われています。軍艦島ツアーによる経済波及効果は何と65億円


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クルーズに参加する際には、見学可能な場所以外の区域には入らない等々の内容の書かれた誓約書にサイン。ツアー中は、このようなタグを首からかけます。


Img_9083 ツアー終了後には、軍艦島上陸証明書が渡されます。


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長崎湾クルーズ

2013. 2.16

これまで、長崎には2、3度訪れていますが、福岡からは初めて。そして、クルーズに参加するのも初めてのこと。
Img_8728 先ほどランチをいただいた出島ワーフにほど近い、桟橋からスタート。


Dsc05251 長崎湾をクルーズする帆船‘観光丸’も停泊していましたが.....


Dsc02589 私たちが乗り込んだのは、こちら。波穏やかな絶好のクルーズ日和です。


Dsc05262 後方の山は標高333mの稲佐山。夜景スポットとして有名で、函館の函館山、神戸の六甲山とともに日本三大夜景とされていますが、2,012年10月には、モナコ、香港とともに世界新三大夜景に認定されました。これは夜景観光コンベンションビューローが日本国内の夜景鑑定士3,500人を対象に実施したアンケートによって選ばれたもの。ちなみに、世界三大夜景は1,950~60年代に日本の旅行会社が発案、函館、ナポリ(イタリア)、香港を指しているのだそうです。


Dsc05265 長崎が造船の街であること、今回のクルーズで実感
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長崎湾によって分断されてる長崎市の南部と西部を最短距離で結んでいる、女神大橋(愛称 ヴィーナスウィング)。


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斜張橋としては国内で6番目の長さ。大型客船の通行を考慮して、橋はかなり高い位置で設計されています。


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大橋を抜けると、神ノ島教会と岩の上に立つマリア像が、進行方向向かって右側に見えてきます。


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そして、その南側の対岸には、自治体人口に占めるカトリック教徒の比率が日本で最も高かったといわれる伊王島。こちらにも、集落の中ほどに立派な教会が見えています。


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Lunch @ デリシャスレストラン アティック 長崎

2013. 2.16

長崎にやって来ました。ビーカンの天気です。まずは腹ごしらえ
Img_8726 出島ワーフの.....


Img_8724 一番端っこにある‘デリシャスレストラン アティック’。ストレートなネーミングに惹かれて?、飛びこみランチ。


Img_8722 相変わらず胃腸の調子の相棒さんが選んだメニューは‘デリシャス トルコライス’。トルコライスとは、洋食系盛り合わせ料理のこと、長崎の名物でもあるのだそうです。このお店ではサフランライスの上に、ハンバーグ・海老フライ・コロッケが乗せられていて、あとサラダとスパゲッティが添えられていました。かなりのボリュームです。こんなに弱っているのに、過酷な労働を胃腸に課すのね.....


Img_8723 こちらは、‘大豆とツナのトマトパスタランチ’。たっぷりとかけられたトマトソースはさらっとした感じ。結構なボリュームです。味は濃いめでしたが、まずまずの美味しさ。観光地の飲食店は、一般的に料金設定が高めですが、こちらのお店はリーズナブルで好感がもてました。スタッフの方も感じよく、○


Img_8721 パスタについて来たミニサラダ。
実はこのお店、全国的に有名なものが.....。後で知ったことなのですが.....。カプチーノを注文すると、坂本龍馬や岩崎弥太郎、グラバーの似顔絵等希望の絵を描いて下さるのだそうです。カプチーノはあまりいただかない私だけれど、龍馬のラテアートはちょっと見てみたかったなぁ.....。

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いただきました~ヽ(^O^)ノ

2013. 2.14

Img_8930 バレンタインデーの朝、宅急便で届いた小包み。夜、帰宅した相棒さんが開けてみると.....中には、久々にいただいたバレンタイン・チョコ。
しかも、日本初上陸の‘リバティーニューヨーク’です。ニューヨーク在住の画家兼ショコラティエのジョン・ダウン氏がプロデュースしたチョコレートのようです。パッケージもかわいい~


Img_8719 贈り主は70代の素敵な女性。仕事上の知り合いの方。同封のお手紙には、‘日頃の感謝の気持ちを込めて’⇒義理チョコだからね~の宣言
以前は、遠慮もせずに、いっしょになってばくばくといただいていたバレンタインチョコでしたが、義理とはいえ、高級チョコレートを頂ける機会は多分めったにないだろうから、さすがにちょっと遠慮しておこう.....かな?

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たけのこ芋と畑育ちの山芋

2013. 2.12

湧水町の丸池に行く前に立ち寄った、霧島市の横川物産館‘よいやんせ’。
Img_8711 ちょっと変わったものを見つけるとつい手を出してしまう相棒さんが、今回ゲットしてきたのは、お芋2種。
左は畑で栽培されたという山芋、右はたけのこ芋。たけのこ芋は、子芋がほとんどできず、親芋がたけのこのように地上に頭を出すのだそうです。


Img_8715 里芋と比べると、実が柔らかく、表面もつるんとした感じなので、皮は剥き易いです。でも、楽~と、油断していたら、後で手が痒くなってしまいました。失敗、失敗.....
里芋と同じように料理すればよいのでしょうが、一応初挑戦なので、こちらのレシピを参考にさせていただきました。炊くのに使ったお水は、丸池湧水です。煮崩れしにくく、扱い易いですが、味は結構あっさりめ。里芋のねっとりとした食感が好きな人にはちょっともの足りないかも知れません。
問題は.....二人では消化が大変だということこの煮ものも大量につくったのですが、次の日は筑前煮、翌々日にはシチュー.....と使って完全に食べ切るまで数日間かかってしまいました。大家族には嬉しい食材ですね.....。
Img_8718 山芋の方は、味を比較してみるために、最近つくったのと同じメニュー、豆腐と山芋のグラタン風で。見かけはひょろりとして、長芋と自然薯の間のような形でしょうか.....。水分が少なめで粘り気が非常に強くおろし器から振り落とすのが一苦労、味が濃厚。満腹感が得られます。なかなか興味深い発見でした。

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荒瀬ダム

2013. 2.11

帰宅時間は遅くなってしまいますが、そんなに急ぐ旅でもないので、人吉から球磨川沿いに八代ICまで一般道をドライブ。

Img_8705 途中、立ち寄った道の駅 坂本にて。
裏を流れる球磨川。急流で知られる球磨川(最上川、富士川と並んで日本三大急流の一つなんだそうです。)ですが、この辺りは比較的ゆったりとした流れのように見えます。


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奥に見えているのは、荒瀬ダム。1,955年の完成以来、川の水質・河床環境の悪化、放水による付近の住民への振動被害、洪水被害の拡大を理由に、ダムの撤去運動が住民の間で高まっていました。知事の交代等による方針転換もあり、この件は一旦は凍結されたものの、2,010年2月に撤去が決定。2,018年3月まで88億円の費用をかけて撤去されることになったそうで、昨年の9月に着工。本格的なダム解体としては国内初のことで、全国的な注目を集めているのだとか。


Img_8707八代海に向けて旅する川。河口付近には1,000haを超える干潟が形成されていて、90種類以上もの野鳥が一年を通して飛来、重要野鳥生息地にも指定されているそうです。

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青井阿蘇神社 @ 人吉 熊本

2013. 2.11

人吉で最後に訪れたのは、国宝‘青井阿蘇神社’。

Dsc02422 神社前の禊橋の上から見た蓮池。今は、水面から突き出ている枯れ茎のようなものしか見えませんが、夏になるとわっさわっさと葉を茂らせ、その間間に美しい花を咲かせるのでしょうね。見てみたいなぁ.....。


Img_8704 ‘国宝’という立派な石碑。青井阿蘇神社が国宝に指定されたのは、平成20年のこと。
慶長期に一連で造営された社殿群は、中世球磨地方に展開した独自性の強い建築様式を継承しつつ、桃山期の華麗な装飾性を取り入れていることが特徴で、南九州地方における近世神社建築の発展において影響を与えていることなどの文化史的意義が認められ、指定されたのだそうです。建造物としては日本最南端の国宝となり、神社が国宝指定を受けたのは実に47年ぶりのことだったのだとか。創建は平安時代の806年。阿蘇神社の三神を祭神とし、鎌倉時代から明治維新までの約700年にわたってこの地を治めた相良家歴代当主の保護により、改修が行われてきました。


Dsc02423 鳥居の向こうに見えているのは、楼門。
南側から北に楼門・拝殿・弊殿・廊・本殿の五棟一連の御社殿は、相良20代長毎(ながつね)が江戸時代初めの1,609年から4年にわたり造営したもの。一連の御社殿がすべて同時期のものであるということは、全国的に見ても貴重なものなのだとか。
御社殿すべてが黒を基調とした漆塗り、細部の木組みに赤漆を塗り、彫刻や模様は極彩色を用いるとともに各所に装飾が施されています。が、何と言っても、屋根の棟が高く、勾配が急な茅葺屋根が一番の特徴で、人吉球磨地方にはこのような歴史的建築物が数多く残されているのだそうです。


Dsc02429 楼門の手前右側にこんなものを発見
‘招霊木と書いて‘おがたまのき’と読みます。天に向かって真っすぐに枝を伸ばすことから神霊を招く木、すなわち神の依り代(よりしろ)とされてきました。 玉串など、現在では神事に榊を用いますが、古来は招霊木が使用されていたのです。そして、貨幣の基本である1円玉にデザインされているのが招霊木なのです。’


Dsc02428 禅宗様式と桃山様式が華麗に調和した高さ12mの楼門。


Img_8700 上層の屋根四隅の軒下には、それぞれ陰陽一対(阿吽の形相)の計8つの鬼面。この角度からでは一方の面しか見えませんね、失敗失敗..... このようなところに鬼面が取り付けられているのは、他に類例を見ないことから‘人吉様式’と呼ばれているそうです。


Dsc02411 拝殿も立派な茅葺屋根。内部は、拝殿・神楽殿・神供所(じんくしょ)の3つに仕切られています。


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鈴緒が5本。一度に多くの人がお参りできるようにといった配慮でしょうか.....。


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拝殿の手前右側には、こんなおみくじの結び所.....?


拝殿の右奥には御神木の‘神楠’。地上1mくらいのところで、幹が2つに分かれてしまっています。高さは21.5m、樹齢は不明とのことです。
Img_8689 幹周りは約5m。立派な大木です。


Dsc02398 御神木の傍にはさざれ石。


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境内に置かれていた遊具。人吉に伝わる郷土玩具‘きじ馬’だそうです。何だか微笑ましいですね。
青井阿蘇神社に隣接する‘文化苑’(平安時代初期から明治時代に至る1,100年間、大宮司を58代にわたり世襲した青井家所有のお屋敷のようです。)の方は既に見学受付けを終了していて、見て歩くことはできませんでした。
人吉.....温泉も心残りだし、今度またゆっくり来なきゃいけないなぁ.....

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人吉城公園

2013. 2.11

続いて訪れたのは、‘人吉城公園’。源頼朝に仕えた遠江国(現・静岡県西部)の相良氏が、地頭として赴任して以来、35代670年の長きにわたって在城した平山城、人吉城。明治の廃藩置県によって廃城され、現在は、その城跡が人吉城公園として整備されています。
Img_8672 三の丸は、二の丸の北・西部に広がる曲輪。当初からその周辺には石垣がつくられず、自然の崖を城壁としていて、‘竹茂かり垣’と呼ばれる竹を植えた垣で防御していました。これは、お城がシラス台地上に築かれているため、崖の崩壊を防ぐ意味もあったのだそうです。
この解放感あふれる空間がいいですね~


Img_8671 三の丸から見る二の丸。
戦国時代までの人吉城は、東南の上原城を本城とする山城で、この場所は‘内城’と呼ばれる婦女子の生活する場所だったようです。1,589年、第20代長毎(ながつね)によって近世城としての築城が始まると、本丸・二の丸の場所となり、1,601年には石垣が完成。江戸時代の始めには、‘本城(本丸)’と呼ばれているように、城主の住む御殿が建てられ、城の中心となる場所となりました。


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二の丸から本丸へと続く石段。


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石段を登り切ると.....本丸跡がありました。
‘高御城(たかおしろ)’と呼ばれていた本丸。地形的には天守台に相当しますが、天守閣は建てられず、1,626年に護摩堂が建てられ、他にも御先祖堂やときを知らせる太鼓屋、山伏番所があったようです。下に写っている礎石群は、板敷きで4間四方の2階建ての護摩堂跡とのこと。中世には、‘繊月石’を祀る場所であったように、主として宗教的空間として利用されていたようです。



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二の丸から降りて来ると、紅梅の木。


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青空を背景に、一層色鮮やか。


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三の丸より見おろす人吉の街と球磨川の流れ。
このまま川の方まで下って行くと、更に見どころもたくさんあったようなのですが、ちょうど城山の反対側に駐車してしまったので、このまま引き返し、見逃してしまいました。ちゃんとしたガイドブックも持たず、ゆとりのない、行き当たりばったりの観光はこういう失敗も付きものとはいえ、もったいないことしちゃったなぁ..... 


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永国寺 @ 人吉 熊本

2013. 2.11

栗野岳温泉で今回の旅は終りにするつもりでしたが.....‘人吉.....近いよねぇ。’のひと言で、更に寄り道。熊本県最南部に位置する盆地の町、人吉は、温泉と球磨川下りで有名なところです。
Dsc02354 さて、そんな人吉でまず立ち寄ったのは、‘永国寺’。1,410年1,408年説もあるようですが.....、相良氏の第九代当主 相良前続(さきつぐ)が、人吉市内の別の場所にあった東照山清明院を現在の場所に移し、実底超真を招いて開基しました。今から600年以上も前のこと、歴史あるお寺です。


Dsc02367 実底和尚によって描かれたとされる幽霊の掛け軸で有名で、‘幽霊寺’とも呼ばれています。寺伝によると.....。
お寺が建てられた当初、近くに住む知名の士がおり、妾を囲っていたのですが、本妻の嫉妬による仕打ちで、球磨川に身を投げて非業の死を遂げました。しかし、その恨みは深く、彼女は幽霊となって本妻を苦しめ続けます。そこで実底和尚が幽霊の姿を絵を描いたところ、成仏できずにいた幽霊は自分の姿に驚き、和尚の導きによってようやく成仏し、それからは現れなくなったということです。


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永国寺境内には複数の層塔がありますが、この五重の石塔は‘嘉禄3年(1,227年)四月二十四日大檀那藤原?重’の銘文があり、球磨地方最古の在銘重層石塔なのだそうです。現在は四重となり、相輪と屋根も他のもので補充されてあります。銘文の‘?’は不明文字ですが、相良家初代長頼の弟・宗頼の子の頼重と推定されているようです。


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また、こちらは‘千人塚石塔’(耳塚)。
朝鮮出兵の際、秀吉は手柄の証拠として、諸大名に、討ち取った敵兵の耳鼻を削ぎ落し、塩漬けにし、目録を提出するように命令、相良二十代頼房も耳鼻1,800を秀吉に進上したました。この石塔は、その霊を鎮めるためのものだと伝わっているようです。何とも残忍な話で.....


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こちらは‘西郷本営跡碑’。明治10年、田原坂で敗れた西郷隆盛は、八代より当地に逃れ、当時繊月城(人吉城)は既に取り壊されていたため、この永国寺に本営を設けたそうです。4月27日に人吉に入ってから33日間、官軍を防ぎましたが、ついに5月29日、隆盛は加久藤峠を越え、小林へと逃れたようです。その際、お寺は尽く灰燼に帰し、寺宝等もあらかた燃えてしまいましたが、その中で焼け残ったものの一つが、前述の幽霊の掛け軸だったそうです。

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お寺の裏には庭園。


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幽霊が夜な夜な現れたという池はこちら。ツツジ、睡蓮等四季折々の花が咲くというお庭も、今の時季は咲く花もなく.....。

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夕暮れ間近の境内はひっそりと.....。

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Lunch @ 南洲館 湧水町

2013. 2.11

ゆっくりしていたので13時半をまわってしまいましたが、入浴後、‘南洲館’さんで昼食をいただきました。若鶏まるまる一羽を蒸し上げた‘地獄蒸し’が名物らしいのですが、二人でいただくには量的にどうなんだろう.....?と不安に感じたので今回はパス。でも、お隣のテーブルにいらした4人家族の皆さん、美味しそうにいただいていました。
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元気なおばちゃんたちが料理して出してくれる定食はボリューム満点相棒さん注文の唐揚げ定食は、添えられた生野菜も結構な量.....。


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私は天ぷら定食にしてみました。来客が多かったのか別々の部屋に分かれてお食事をいただくため、全体像が見えないのです。、お料理が運ばれてくるまでに少々時間がかかってしまいましたが、熱々の天ぷら、唐揚げはどちらも美味しかったです。ご馳走さま~


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南洲館 @ 栗野岳温泉

2013. 2.11

湧水町までやって来たなら、是非寄って行きたい場所が.....。
Imgp1584 それが、ここ栗野岳温泉の‘南洲館’さん。元禄・宝永年間(1,700年前後)頃から湯治場として利用されていたそうで、西郷隆盛も訪れたのだとか。西郷どん、あちらこちらの温泉楽しまれてますなぁ.....。旅館名はそこに由来しています。


Imgp1586 こちらには3つのお風呂があり、3種類の源泉を楽しむことができます。入浴料は300円/1湯。


Imgp1585 私が向かったのは‘桜湯’。


Imgp1579 やや青みがかった白濁の単純硫黄泉です。この雰囲気、ドキドキしちゃう~ しかも、貸し切り状態
浴槽の底は二段になっていて、木枠のすぐ内側は浅めになっています。お湯の注ぎ口のある側は、やや広めの段。胃腸病、神経痛によいのだとか.....。


Imgp1583 一方、相棒さんが向かったのは、‘竹の湯’。


Imgp1580 明礬緑礬泉で、湯船の底には白い湯泥が溜まっています。泥湯ですね。半透明の白濁湯の泉温は80~90℃。お湯の注ぎ口が高いのも、落下するまでに少しでも冷まそうという工夫なんでしょうね。切傷等の外傷、リウマチ、神経痛、関節痛に効くお湯だそうです。壁の奥には、打たせ湯も。


Img_8646 この他、蒸し風呂もありました。湧き出すラジウム泉の蒸気を利用したお風呂で、喘息や神経痛によいそうです。


Img_8650 蒸し風呂の先を上がって行くと.....そこは八幡大地獄。蒸気がもうもうと.....。


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Img_8652 湯だまりでは、小さな泡がぽこぽこと湧いては消え.....。
立ち寄りだけではもったいない湯治棟もあるそうなので、今度はゆっくり宿泊して、3種類のお風呂を存分に楽しんでみたいなぁ.....。

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丸池湧水 @ 湧水町

2013. 2.11

目的地に到着したのは、正午をまわってから。姶良郡湧水町にある丸池。
Dsc02329 霧島連山栗野岳の標高600m付近に降った雨が浸透し、35年をかけて丸池に湧水しているのだそうです。その量59,000㎥/日。


Dsc02322 池周辺は公園として整備されていて、その一角に水神さまが祀られていました。


Img_8628_2 名水百選にも選定されている透明度の高い水です。水の清らかさはもちろんですが、水草の多様性にも驚かされました。


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豊かなのは水草だけではありません。もたくさん.....。相棒さんは‘ハヤ’と言うけれど.....ほんとかな???


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少しカラーの異なったも.....。


Dsc02330 湧き口はいくつかあるようですが、最も確認し易かったのがここ底の砂を巻き上げながらぼこぼこと.....。


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ここでは水を汲むことができます。


Dsc02343 案内板には以下のようなことが記載されていました。
地下40mから湧き出る霧島山麓を水源とした良質かつ安全でミネラル分の多い天然水であること。
飲料水としての基準値を全て適合していること。
硬度46㎎/ℓ(軟水) ph値7.3(中性) 水温17.4℃(大気に接している丸池より約1℃程度冷たい)こと。
もちろん、持参したペットボトルに分けていただきました。それにしても、こんな名水を日常的に使用できる湧水町の皆さんは羨ましいなぁ.....。


Img_8641 光と戯れる湧水.....。しばし見惚れてしまいました。


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花尾神社 @ 鹿児島市

2013. 2.11

ドライブ途中に立ち寄った‘花尾神社’。

Dsc02295 青竹筧の手水舎。柄杓も青竹で。


Img_8615 薩摩藩藩祖島津忠久が、大隅・日向の守護職に任ぜられ、下向した際、花尾山の麓に御堂を建て頼朝尊像を安置したのが始まり。忠久の父・源頼朝と母・丹後局が祀られています。
交通の便のよくない山奥にありながら、島津氏縁の神社であることから、琉球使節が派遣された折には、必ず参詣することになっていたのだとか。


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現存する社殿は1,713年建立のもの。極彩色の権現造りで、‘さつま日光’とも。


Dsc02306 4百余枚の植物が描かれている天井画は、能勢一清によるもの。1,853年の作。


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拝殿内部。お賽銭箱には、丸に十の字の島津家のご家紋。


 

Dsc02313向拝の彫り。彩色することによって、どことなくマンガチックな雰囲気に.....と感じるのは私だけ.....?


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Dsc02317 丸に十字は、こんなところにも。

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吹上浜

2013. 2.11

Dsc02276 吹上温泉近くにある吹上浜。薩摩半島西岸に位置し、東シナ海に面した幅4km、長さ47kmにも及ぶ砂丘海岸。
砂丘としては日本一の長さで、鳥取砂丘、静岡の遠州灘砂丘とともに日本三大砂丘の一つに数えられています。


Dsc02282 薄らと見えているのは、薩摩半島の西に突き出た野間半島にある野間岳?でしょうか.....。


Img_8598 5~8月はアカウミガメの産卵場ともなっているこの海岸。
ゴールデンウィークには、日本国内のみならず、世界中から砂像作家を招いて‘砂の祭典’を開催しているようです。


Img_8596 美しい砂紋を見たのは久しぶり.....。


Img_8606 急斜面にも。


Img_8607 吹上浜手前には立派な防風林。


Img_8609 背高の松が鬱蒼とした林をつくり出しています。


Dsc02274 35年前、吹上浜に夕陽を見に行くと言い残して、忽然と姿を消したカップル.....。北朝鮮による拉致行為が行われたとされる場所でもあります。


Img_8611 帰り道立ち寄った農産物直売所の近くにあった‘浜田橋’。1,913年完成の三連石橋。国道のすぐ横にあって、現在も脇道として利用されている様子。雰囲気のある素敵な石橋でした。

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新湯温泉旅館 @ 吹上温泉 温泉編

2013. 2.10-11

さて、‘新湯温泉旅館’さんの評判の温泉。昨晩は入浴中の方が多くいらっしゃったので写真はNG
入浴前に身体を洗っていたら、‘寒いのに、先に温まってから洗えばいいのに.....。’と先にかけ湯をしてお湯に浸かっていらしたご高齢の女性。この女性、近所に住んでいらっしゃるようで、宿の方に‘いつも押し付けでごめんなさいね~’と、野菜の差し入れをされていました。私は視力が悪く、気づかなかったのですが、この女性、リウマチを患っていらっしゃるらしくて手が少しご不自由な様子。後から入って来られた、知り合いらしい女性が、談笑しながら、身体を洗うのを手伝ってあげていました。何だか.....いいですね、こういうのって。

Imgp1568 さて、翌朝、早起きして朝風呂へ。が、浴室内は湯煙が立ち込めてこ~んな状態.....しゅん
洗い場は床運動ができそうなくらい広くとられていますが、それと比較すると湯船はやや小さめ。左の大きめの浴槽側にお湯の注ぎ口があって、熱めのお湯が掛け流されています。右の小さめの浴槽には若干温めのお湯。その分、ヌルヌル感を強く感じます。


Imgp1569 深~い緑色の透明な美しいお湯です。硫黄臭も漂っていて、いい感じ。遠出してきた甲斐がありました。
入り口近くには、サウナと水風呂も。


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脱衣場もゆとりのスペース。これなら、立ち寄り湯でも、お風呂から出た後でもゆっくり寛げそうですね。


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新湯温泉旅館 @ 吹上温泉 施設&食事編

2013. 2.10-11

Img_8591 本日の宿は、吹上温泉にある‘新湯温泉旅館’さん。立ち寄り客の方も結構いらっしゃるようで、駐車場はほぼ埋まっていました。


Img_8584 お部屋は2階の角部屋。南と西、2面に窓があるので明るいです。きれいに管理されています。シンプルさがまたいいですね~。お布団は、セルフサービス。
お茶の産地が近いからでしょうか、お部屋に用意されていた緑茶、とっても美味しかったです


Img_8590 階段の踊り場にあった高窓の向こうには満開の薄紅色の梅。


Img_8587 高齢者、ダイエット中の女性におススメと書かれていた‘小食コース’があったので、そちらの宿泊プランで予約。さつま揚げはやはり、鹿児島では外せませんね。白米が美味しかったです。


Img_8588 お刺身と、あと、豚肉とお野菜の小鍋料理もあったのですが、撮り忘れてしまいました。通常の宿食と比べると少なめですが、それでも充分な量です。こういう宿泊プランがあちらこちらで増えてくれると嬉しいんだけどなぁ~。


Img_8589 こちらは朝食。相棒さんはちょっともの足りないようでしたが、ご飯にボリュームがあるので私的には満足
スタッフの皆さんも、とても感じよかったです。

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田之湯温泉 @ 湯之元温泉 東市来(ひがしいちき)

2013. 2.10

川内高城温泉を後に、今晩の宿を目指してひたすら南下。
Imgp1561 本日3つ目の立ち寄り湯は、日置市東市来町にある‘田之湯温泉’さん。大通りから少し入った住宅地の中にあります。外観はかなりレトロ。入り口から男女別になっていて、中に入ると番頭のおばちゃんの笑顔が迎えてくれました。入浴料150円(小学生以下の子どもは50円)を支払って浴場へ。
大混雑のため、残念ながら、お風呂の写真は撮ることができず.....。二つに区切られた四角く深~い浴槽が真ん中にあり、それをコの字で囲むように洗い場があります。硫黄臭のある薄緑色の透明&熱めのお湯の中には、細かな黒い湯の花が舞い、とろ~りとした肌触り。すばらしいお湯です賑わっているのも納得


Imgp1563 男湯の入り口横には‘日本朝風呂党本部’の看板。支部ってあるんだろうか....? 朝6時からのオープンで夜も22時までと営業時間が長いのも好ポイント。


Imgp1562温泉施設の前には、白い冬薔薇。


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共同湯 @ 川内高城(せんだいたき)温泉

2013. 2.10

Img_8574 ‘今日はここに行ってみよう’と今朝決めた、川内高城温泉。前日に‘喫茶たんぽぽ’さんで、雑誌に目を通していたときに見つけたのですが、その鄙び方が相棒さんの好みにどんぴしゃりヒットしてしまったようです。
鎌倉時代の‘薩摩国建久図田帳’にその名を記された、鹿児島県内では最も古くから知られた温泉。元々、‘高城温泉’と呼ばれていましたが、1,965年の川内市との合併に伴って‘川内温泉’となり、1,996年に‘川内高城温泉’と改称されたようです。

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西郷どんも、幕末から西南の役に出陣するまでの間に狩りと温泉を楽しんだ場所だったようでごわす。これって正しい.....?


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こんなところにも西郷どん。


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陽射しは明るいけれど、空気は冷たく、すっかり身体が冷えてしまいました。
それでは共同湯へGo最近の入浴施設ならともかく、こんな小さな共同湯にお店が併設されているのって珍しいですね.....。


Imgp1553 店内にはどなたもいらっしゃらず、でも‘お風呂は入浴できます’と書き置きがあったので、お店の後ろ側にある温泉へ。入浴料200円は、入り口のところに掛けられた竹筒の中へ。料金部分に貼り紙をしているところを見ると、比較的最近、入浴料が値上がりしたのかな.....?洗髪には別途、20円。


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入り口から続く廊下。何だかときの流れから取り残されたような空間、懐かしい昭和にタイムスリップしたような気分です。お風呂って言うよりも、幼稚園とか?そういう雰囲気を感じてしまうのは私だけでしょうか.....?


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浴場は二つに区切られた湯船が一つ。奥の部分にお湯の注ぎ口があり、無色透明の美しいお湯が掛け流されています。それもかなり熱いお湯若干温めの手前の部分に、それでも洗面器に水を汲んで何度もかき混ぜ、何とか入れる状態に.....。美容液のようなとろりとしたお湯は、優しく身体を包み込んでくれます.....がほっこりできたのも少しの間、源泉が注ぎ込まれ続けているので、すぐ熱くなってしまいます。あ~、忙しいよ~
神経痛、関節リウマチに効果があるということで、県内外から湯治に訪れる方がいらっしゃるこの温泉、1,990年には温泉療法医学会により、‘日本名湯百選’にも選ばれたのだとか。


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歴史ある、鄙びた雰囲気のある温泉.....でも、この看板はちょっとすごいかも~


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個人宅のお庭だと思われるのですが.....まるで絵画のように姿美しい紅梅の木がありました。


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白梅も満開です。南に位置している分、福岡よりは開花が早いような.....。


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今回の鹿児島旅行、行く先々で梅の花が目を楽しませてくれましたが、白梅の方が圧倒的に多かったように思います。


Img_8575 菜の花も咲いて、降りそそぐ陽射しの中、静かな温泉街は春の花々に彩られていました。

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Lunch @ 麺どころ 味匠(あじしょう) さつま町

2013. 2.10

妙見温泉のある霧島から薩摩川内に向けてドライブ。そろそろお昼だけれど、お店らしきものが見つからない。こりゃー、お昼抜きかなと思い始めた頃.....
Img_8565 目に入ってきた、このお店。


Img_8564 ‘麺どころ 味匠’さん。広い店内に一歩踏み入れると、漂ってくる煙草の煙..... 普段だったら、まわれ右で出て行くところだけれど、この先飲食店があるかどうか.....不安な今日は、ぐっと我慢.....。


Img_8563 この辺りは南高梅の産地らしいので、梅のトッピングされたおそばを注文してみました。おそばは、手打ち?の平麺、結構コシがあります。こちらもまた鰹出汁の効いた甘めのお汁。ネギは青ネギ。かまぼこやじゃこ天?さつま揚げ?のスライスが浮いています。
周囲の皆さんが注文した品々を観察してみると、ラーメンが圧倒的でしたが、この地味~なおそばも決して悪くないです。


Img_8562 相棒さんは汁ものを避け、焼きそば、焼き餃子、おにぎりを注文。胃腸大丈夫か.....?
偶然見つけたお店でしたが、満足のいくランチでした。また訪れる機会があったら、今度はラーメンをいただいてみたいな.....。

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妙見温泉周辺観光ドライブ 新川渓谷と塩浸(しおひたし)温泉

2013. 2.10

Img_8544国道223号のすぐ傍を流れる‘新川渓谷’。単独名よりも、‘温泉郷’をつけた方がピンとくるかも知れません。昨日宿泊した妙見温泉、立ち寄り湯させていただいた安楽温泉、食事やティータイムを楽しませていただいた日の出温泉もこの温泉郷に含まれています。


Dsc02228流れは深く、速いです。


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甌穴発見


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ここにも満開の白梅。青空の広がる気持ちのよい天気、もうすっかり春の陽射しです。


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続いて近くの‘塩浸温泉龍馬公園’へ。ここにも龍馬&お龍の姿。


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公園の傍を流れる石坂川。


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川のすぐ傍にあるこの湯船は、塩浸温泉に残る、最古(江戸時代から)の湯船。龍馬とお龍も、ここに浸かったのでしょうか.....。
付近の川岸に塩牡蠣(白色の析出物)が付着していたことから‘塩浸温泉’と呼ばれるようになったそうです。


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龍馬とお龍が、霧島旅行の中で、最も長い18泊20日間逗留したのが、ここ、塩浸温泉。龍馬は、小松帯力や西郷隆盛らの紹介でこの地を訪れ、寺田屋事件での刀傷を癒したようです。銅像は龍馬の等身大で174cm。よく目にする写真からは想像できませんが、当時としてはかなり背が高かったんですね。


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龍馬とお龍が実際歩いただろうとされる石段。途中には、石抱えの大杉。


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足湯でほっこり中の相棒さん。お湯の感じは妙見温泉と似てるような.....?切り傷や胃腸病によいと昔から言い伝えられてきているようです。


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お湯の注ぎ口には鉄分が付着、茶色く染まっています。


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注ぎ口の上にあるお釜の中から、温泉卵(100円)をいただきました。これまで温泉卵にはほとんど興味がなかったのですが、温泉成分の染み込んだ卵の美味しいことすっかりファンになってしまいました。泉温は50℃ということで、温泉のみで卵を茹で上げるのは不可能であるため、別のところで温泉を沸かして茹でたものを、こちらに移しているそうです。
後ろに見えている板は‘腰板’と書かれてありましたが、この板を敷いてお座り下さいということらしいです。湯船の枠の部分が少々デコボコ感のある石で、冬は冷たいからなのでしょう.....。
それにしても、こちらのスタッフの方は皆さん、とってもフレンドリーで親切でした。それにお肌が美しい羨まし~


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2010年オープンの共同浴場。男湯‘竜馬の湯’、女湯‘お龍の湯’(温泉発見のきっかけとなったのは、鶴が傷を癒していたから)だそうで、それぞれ‘塩浸の湯’と‘鶴の湯’と2種類の源泉を楽しむことができるそうです。

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妙見温泉周辺観光ドライブ 熊襲(くまそ)の穴探検

2013. 2.10

少し妙見温泉方向に引き返し.....。
Dsc02208 この先に‘熊襲の穴’があるそうです。では、行ってみましょう~


Dsc02211 思っていたよりも遠い.....。完全運動不足~ 
これも何か意味があるのでしょうね.....


Img_8528 何やら見えてきましたよ


Dsc02213

‘熊襲隼人’って書いてあります。
‘熊襲’とは、熊本県人吉市周辺(球磨川上流)から鹿児島県霧島市周辺にいた部族で、大和朝廷に抵抗した部族の一つ。大和朝廷に従った後に‘隼人’として仕えたというのが通説のようです。


Dsc02215 熊襲の洞穴に入る際は、入り口右側にある照明スイッチを入れてから.....。


Dsc02225 入り口はこんな感じになっています。


Img_8537 ここに入るの~ 独りだったら、ちょっと躊躇しちゃうかも~


Dsc02220 入ると、もわぁ~っと暖かい。気温の上昇と洞穴内の湿度で、カメラのレンズ、メガネが一気に曇ります。
夏は涼しく、冬は暖かく過ごし易いだろうけど、この湿気はねぇ.....。


Dsc02223 広がりのある空間。ここに熊襲族が住んでいたんですね。
熊襲の首領・川上梟師(たける)が、女装した日本武尊(やまとたけるのみこと)に誅殺されたところで一名嬢着の穴とも言われているそうです。
これが第一洞穴と思われるのですが、奥行き22m、幅10mで、100畳くらいの広さ。更に、右側から第二洞穴につながっているものの、現在は入り口が崩壊しており、中に入ることができません。そちらは300畳くらいの広さがあると言われているようです。
Dsc02224 洞穴内の色鮮やかな絵は、桜島にアトリエを構える現代アートの画家・萩原貞行さんによって1,990年に描かれたものだそうです。ここに描かれた絵と熊襲との関連性は不明.....。


Img_8538 照明スイッチを消して立ち去ろうとすると、ちょうど入り口のお飾りの部分に陽光が注ぎ、何やら神々しい雰囲気が漂っていました。

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妙見温泉周辺観光ドライブ 犬飼の滝・和気神社

2013. 2.10

妙見温泉を後に、向かった先は.....。

Dsc02163 霧島山を源流として南西に流れる中津川(後に天降川に合流)にある、‘犬飼の滝’。落差36m。滝幅21.8mと案内版にあったけれど.....今の季節、水量が少なめ.....?


Dsc0216233.4mの幅のある滝壺。鉱物が含まれているようで、まるで海のような深い色をしています。


Dsc02167 滝壁を垂直に流れ落ちる直瀑。壁上部の浸食がかなり進んでいます。

‘此処はもう大隅の国にて和気清麻呂が庵結びし所、陰見の滝其の布は十間も落ちて、中程には少しでもさわりなし。実、この世の外かと思われ候ほどのめずらしき所なり。此処に十日計も止まりあそび、谷川の流れにて魚をつり、短筒をもちて鳥をうちなど、まことにおもしろかりし。’とは、坂本龍馬が姉・乙女への手紙に書いた内容。
769年には、皇位争いをめぐり、道鏡の怒りにふれた和気清麻呂がこの地に流され、1年間滞在しているそうです。

罪なくて 遠流に遇へる 清麻呂も 霧島にいて 聴きし滝音   与謝野鉄幹


Dsc02151 ‘犬飼滝滝見台’にはこんな案内板も。これによると、お二人は鹿児島湾から高千穂峰までずーっと歩いているんですね。龍馬32歳、お龍27歳のときのことらしいです。
滝見台からも滝は見えるのですが、遊歩道を下って滝壺近くから見た方が、やはり迫力があります。


Dsc02181 滝見台の近くにある‘和気神社’へ。和気清麻呂を祭神とする神社です。
駐車場に隣接したドライブインの側壁を利用した日本一の絵馬は畳50畳分の大きさ。木の影と重なってわかりにくいかもしれませんが.....。左半分以上を使って勇ましい猪が、右端に和気清麻呂と思われる人物が描かれています。


Img_8526 朱塗りの鳥居の向こうには、参道に沿って高い杉の木が並んでいます。中央部分が低く垂れ下がった、こういう形の注連縄は初めて見ました。


Dsc02188 境内では、‘和気ちゃん’という名の白猪が飼われていました。
配流の際、猪が和気清麻呂の災難を救い、無事道先案内を務めたことから、猪が清麻呂の守護神とされているためだそうです。猪のしっぽって、意外とかわいい~


Img_8525 拝殿の前にいるのも、狛犬ならぬ、狛猪。
鹿児島藩11代藩主島津斉彬が側近に命じて、和気清麻呂の遺跡調査を行ったところ、ここが配流地であったことが確定されたようです。神社が創建されたのは、昭和21年のこと。


Dsc02195 一応、阿.....?


Dsc02194 吽.....?


Img_8524 境内には白梅の甘酸っぱい香りが漂っていました。和気神社は藤の花の名所でもあります。隣接した広場には、立派な藤棚がありました。


Dsc02190 絵馬の飾り場所には、再び龍馬とお龍の足跡.....。お二人がこの地を訪れたときにはまだ神社はなく、小さな祠があったのみのようです。


 

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きらく温泉 @ 妙見温泉 温泉編

2013. 2. 9-10

‘きらく温泉’さんには3つのお風呂

Img_8485 部屋から一番近いところにあって、利用し易かったのがこの家族風呂。家族風呂と言っても、4~5人くらいは入浴できそうな広さ。もちろん、源泉掛け流し。わずかに白濁した茶色いお湯は鉄臭があって、‘さかいだ温泉’さんと似たような感じ。よく温まります。


Img_8486 洗い場は3ヶ所。シャワーはなく、蛇口からは水しか出ません。髪を洗うのも、湯船からお湯を汲んで.....ということになります。


Imgp1547 旧館1階にあるお風呂。深夜おじゃますると、浴室内は湯煙立ち込めて、まともな写真が撮れず.....。でも、家族風呂と似た感じのお湯でした。浴槽の左側には打たせ湯もあり。
宿のHPによると、ここの温泉は炭酸水素塩泉で、カルシウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、アルミニウム含有量が多いとのこと。浴用は、神経痛・腰痛・関節リウマチス・婦人病・坐骨神経痛・皮膚病・切傷・火傷・糖尿病・痛風に、飲用は、慢性消化器病・肝胆道・肥満症飲んでくんだった~・じんま疹・胃腸病に、吸入療法では、慢性気管支炎・口内炎に効果あるようです。ご主人が自慢されるだけあって、こちらも効能豊かな温泉のようです。


Imgp1548窓際には、細長い水路?のようなものがあり、やや温めのお湯が勢いよく掛け流されていました。これは、かけ湯用.....?前面のベンチのような部分も気になる.....何だろう


Img_8496 でも、何と言っても、一番のお気に入りは、大露天風呂~宿の建物の裏側、山の中腹にあります。気温が低いためか、この露天風呂を利用する人はほとんどいなくて、この広~いお風呂を独り占め
木々が風と戯れる音を聞きながら、やや温めの柔らかなお湯に包まれる至福のひととき。最高~


Imgp1543 お湯の注ぎ口は茶色に変色。


Imgp1542 析出物がまたすごいんです


Imgp1545 お庭の一角には、ミヤマキリシマが咲いていました。


Imgp1552 翌朝、外気温がかなり下がったようで、湯面から立ち上る湯煙.....。温泉って、いいですね~


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きらく温泉 @ 妙見温泉 施設編

2013. 2. 9-10

Img_8501 本日のお宿は、妙見温泉にある‘きらく温泉’さん。国道223号に面した建物は大きめ。


Img_8484 お部屋は新館の和室6畳。建物は古いですが、きれいにしてあります。シンプルなお部屋のわりに立派な鏡台。でも、なぜ台の上にゴミ箱があるんだろう.....???
素泊まりの宿なので、共用のキッチンもあり、調理道具、食器などもそろっていました。こちらも整頓されており、きれいに管理されていました。


Img_8500 ご主人からお土産にといただいた鹿児島名物のさつま揚げ。スーパーで売っているさつま揚げとは異なる少々ざらっとした食感で、さつま揚げとじゃこ天との中間のような感じ。レンジで温めていただくと、美味しかったです。


Img_8502 チェックイン後、周辺を散策。橋の上から見おろす天降川のゆったりとした流れ。


Img_8503 橋の中央辺りがちょうど町境になっているようで、同じ温泉街でも二つの町に分かれてるようです。‘きらく温泉’さんがあるのは、隼人町側。

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Dinner @ きのこの里 日の出温泉

2013. 2. 9

Img_8482 喫茶‘たんぽぽ’でお茶したときから、夕食は、同じ敷地内にある‘きのこの里’でと決めていました。


Img_8504 まだ少し早い時間だったので、客は私たちのみ。広々とした店内スペースを二人占め。
‘日の出温泉’とあるように、ここには温泉が併設されていて、200円で入浴できるようです。


Img_8505 天井も高く、梁も立派


Img_8506 心落ち着く静かな空間 ナイスです。


Img_8507 とろろそばと五穀米のおにぎり。ざるそば派の相棒さんが温そばを注文するのは珍しい。胃腸を思いやってのことなのでしょう。お酒もぐっと我慢.....。


Img_8508 ‘きのこの里’という店名になっているくらいなので、私は、きのこそばを注文。同じく、五穀米のおにぎりも。
あ~、関西以西のおそばだなぁ.....とは、お汁をいただいての感想。鰹のお出汁がよく効いた甘めの味付け。数種類のきのこが入っていましたが、味とか食感に特別なものは特に感じませんでした。やや細めの手打ちそばは、温そばにしてはコシがあり、美味しかったです。
店員さんの感じもよく、宿から数キロしか離れていない場所に、こんなお店があったのはラッキーでした

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Tea Time @ 喫茶たんぽぽ 日の出温泉

2013. 2. 9

Img_8480日の出温泉にある‘喫茶たんぽぽ’にてティータイム。


Img_8473 天降川を真下に見おろすことのできる窓際カウンター席は若き女性客にほとんど占領されていたので、申し訳ないなぁ.....と思いながらも、手前の大きなテーブル席へ。
女性が一人で切り盛りされているので、席が埋まっていると少し待つことになります。相棒さんは、読みかけのままだったお気に入りの本をお店の本棚で偶然見つけて読書に夢中.....。


Img_8477 お店の3分の1くらいは、洋服や器を販売するコーナーになっているので、私は、そちらを見てまわったり、窓からの景色を楽しんだり.....。クラシックが静かに流れる心落ち着く空間で、待ち時間も苦痛に感じません。


Img_8474 ←再び、相棒さんの‘お預けポーズ’
バターケーキとホットミルクのセット。ここ数日、胃腸絶不調の相棒さん、カフェイン入りの飲みものはNGでも食べる.....?


Img_8475 マイ・オーダーの‘たんぽぽプリン’とアールグレイの紅茶のセット。


Img_8476このプリン、‘アガー’という海藻からの抽出物を使用してつくられているのだそうです。しっとりとなめらかな食感で、好みの甘さプリンにナッツもおもしろい組み合わせ。
‘アガー’についていろいろ尋ねてみたものだから、支払いのとき、「味は大丈夫でしたか?」とお店の女性も心配そう。「とっても美味しかったです。」と答えると、素敵な笑顔が弾けました。
遠いのでなかなか行くことはできそうにありませんが、天降川沿いにお気に入りの喫茶店見つけちゃいました~

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さかいだ温泉 @ 安楽温泉

2013. 2. 9

三連休は南へ.....と言っても、九州の南 鹿児島空港ICで高速を下りて、天降川(あもりがわ)沿いをドライブ中.....。
Imgp1533 立ち寄ったのは、霧島市にある安楽温泉の‘さかいだ温泉’さん。外観は鄙び~た感じですが、駐車場には結構車が停まっていました。


Imgp1531 入り口はこちら。‘効能は日本一を自負しています。’と貼り出されています。お~、いいじゃん期待にワクワク....入浴料300円、肌つや血色のよい受付けのおじさんに支払って、いざっ


Imgp1520 浴室に一歩、足を踏み入れるなり、ワクワクドキドキ感が一気に
一番手前にある湯船には、わずかに白濁した茶色のお湯が掛け流されています。やや熱めで、鉄臭あり。きしきし感のあるお湯なのかな?と思いきや、意外にも柔らかく、うっとりするような心地よさ


Imgp1525 壁には温泉についての説明。神経痛に特に効果ありとのこと。他にも、切傷、火傷、できもの、汗疹にもよいそうです。飲用すると、胃腸・肝・胆道疾患・糖尿病・痛風・尿路疾患・便秘等にも効果があるので、必ず飲みましょうと書かれていました。では遠慮なく、ごっくん.....このところ胃の辺りに落ち着かない感じがあったのですが、お腹の辺りがぽ~っと温まり、安定したような気がします。
不思議なことに、この温泉に入ると、刺さっていた棘が出てきたり、手術後の糸が出てきたりしたのだそうです。

Imgp1527 奥には、うたせ湯や天然サウナ(蒸し風呂)も。右の白い湯船は水風呂。


Imgp1528 更に.....手前の‘砂ね湯’と奥の‘石ね湯(足ぶみ湯)’もありました。‘砂ね湯’の底には黒褐色の比較的粒の粗い砂が敷いてあり、壁側に取り付けられている丸太がちょうど枕の役割を果たすように設計されているようです。これまで経験したことのある寝湯と比べると、湯船がやや深めなので身体を伸ばして寝るといった感じにはなりませんでしたが.....。‘石ね湯’は底に、こぶし大の石が埋め込まれていて、マッサージ効果が期待できるようです。


Imgp1526 析出物にコーティングされた湯船の枠。
温泉文化の根付いた湯治場温泉って、味があっていいですね~

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思いがけず.....

2013. 2. 7

ランチを終えて。時間に余裕があるときには、ちょっと遠まわりになっても、できるだけ歩いたことのない道を選んで家に帰るようにしています。

Img_8454 閑静な住宅街の中を歩いていたそのとき、偶然通りかかった‘松風(しょうふう)園’。これまでも、案内板は目にしたことはあったけれど、この場所にあること、そして、それがどのようなものなのかは知りませんでした。偶然の発見って何だかワクワクしちゃいますよね.....足取り軽く、階段を上って行きます。階段の左側には、エレベーターもありました。


Img_8455 入り口の前には、紅梅の色鮮やかな花が咲き始めていました。


Img_8460 ‘松風園’は昭和20年代に建設された茶室、日本庭園を有する公園のようです。‘福岡玉屋’という百貨店(平成11年閉店)の創業者 田中丸善八氏の邸宅跡地を整備し、平成19年に一般に開園したのだとか。
お庭の向こう側に見えるのが茶室‘松風庵’で、公園もこの茶室に因んで命名されました。茶室の前には、樹齢100年を超えるイロハモミジの美しい大木があります。新緑や紅葉の頃は、さぞかし見応えがあるでしょうね.....


Img_8464 茶庭から.....。広間の向こうには野点広場。


Img_8463 腰掛待合。お庭を眺めながら、ここでお茶をいただく順番を待つのでしょうね。


Img_8461 お茶室とは廊下で繋がる広間にはお雛さまが飾られていました。


Img_8459お庭の一角には、ほっそりと剪定された紅梅.....。


Img_8462 マンサクの花も咲いていました。今日はかなり冷え込みましたが、それでも春はもうすぐそこまで来ているのでしょうね.....。


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Lunch @ ラ・カーサ・ディ・ナオ 薬院

2013. 2. 7

Img_8453 薬院にあるイタリア料理の有名店、‘ラ・カーサ・ディ・ナオ’へ。店名はオーナー・シェフ、石橋尚幸さんの名前をとって、‘尚の家’という意味らしい。
お店の入り口右側には、雄ライオンの口から水が流れる噴水と薪の小山。ピッツアの石窯用なんだろうな.....。


Img_8450 外観から想像するよりも店内は奥行きがあって、意外と広いです。ほとんどのテーブルは予約済みのようで.....今回も長居、他の方がお店を出られた後撮影したので、空席状態.....


Img_8451 予約なしで伺った私たちが案内されたのは、カウンター席の一番奥。窓際には、生ハムがぶらり。


Img_8436 3種類のメニューの中から、迷った末に‘ごほうびランチ’をチョイス。通常は4,500円の内容のお料理を2,500円でいただけるとローカル新聞に記載されていたコースのようです。
陶器のスプーンの上に乗せられたひと口前菜2種、牛肉のミートローフ?に野菜のマリネとバルサミコ酢がトッピングされています。もうひと匙は、メロンを生ハムでくるんだもの。真ん中のポタージュは、香ばしく、濃厚で、どこかで口にしたことがあるけれど、それが何なのか思い出せず.....もどかしい~スタッフの方を呼び止めてお聞きしたところ、‘そらまめのスープ’とのこと。一応、お料理の説明はして下さるのですが、ぼそぼそと小さな声で早口で話されてささっといなくなってしまわれるので.....。自分がいただいている料理に興味のない人はいないと思うので、きちんと説明して欲しかったなぁ.....。忙しいのはわかるんですけどね
Img_8438 海の幸のマリネ・サラダ。このお店のお料理は量が多いという評判でどきどきしながらの注文でしたが、ちょっと拍子抜け。量的にはこのくらいの方が好ましいとは思いますけど。
海老、タコ、イカのマリネは美味しかったのですが、葉ものの中には‘これは使っちゃあいけないでしょ~’的な黄色く変色したよれた葉っぱが混ざっていて、一気にテンション


Img_8439 パンは2種。チーズの香りが濃厚に漂う、ふんわりとしたパンでした。


Img_8440 温かい前菜は、チーズピッツアとフォアグラをチョイス。ピッツアの上にフォアグラを乗せてどうぞ.....とのことでしたが、ピッツアがとても薄く、カリカリに焼き上げられているため、割ろうとすると一気に粉々.....味は悪くないんですけど、食べにくいです 


Img_8441 インゲン、玉ねぎ、アサリのタリアテッレ。ほうれん草入りタリアテッレはもちもち、インゲンと玉ねぎの甘みの活かされたパスタでした。


Img_8444 真鯛のポワレは白ネギとトマト、2種のソースで。揚げられた鯛の皮と思われるもの.....がトッピングされています。カリッと焼き上げられた真鯛の中身はプリプリ。白ネギの甘みのあるソースは美味。トマトの方はもう少し酸味が効いていた方が好みだけどなぁ.....


Img_8446 デザートの苺のスープ。今、旬の苺、これは甘酸っぱくて美味~


Img_8448 更に、デザート・プレートの登場。パウンドケーキ、濃厚なマルカポーネのアイスクリーム、ナッツのパンナコッタ、フレッシュ・ストロベリーと盛りだくさん。パンナコッタは食感がおもしろかったです。
お料理は全般的にはまあまあ.....。HPを見ると‘レストランテ’とサブタイトルがつけられていますが、‘レストランテ’級のサービスには‘?’がつくかなぁ.....。何より、奥の部屋から絶え間なく流れてくる煙草の煙は、私的には大NG夜はまた状況が異なるのかも知れませんが.....。期待が大きかっただけに、ちょっと残念なランチとなってしまいました。この日、オーナー・シェフの方はご不在のようでしたが、渋谷にもお店を展開されていらっしゃるので、そちらに力を注いでいらっしゃるのかも知れませんね。

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吉野ヶ里歴史公園 北内郭

2013. 2. 3

P2030213 吉野ヶ里歴史公園散策の最後は、‘北内郭’。入り口は鍵型に折れ曲がった構造になっていますが、これは古代中国の城郭都市に多く見られたものなのだそうです。周囲を二重の環濠と板壁に囲まれ、物見やぐらも4ヶ所に設置されていました。


Img_8424 北内郭の中心にある‘主祭殿’は、吉野ヶ里のまつりごとを司る最も重要な施設。高さ15.6mにて復元。


Img_8422 下の階では指導者たちが重要な事柄を話し合ったり......


Img_8420 上の階では、最高司祭者が祖先の霊に祈りを捧げる儀式等が執り行われていたようです。


Img_8418 傍らには弥生時代の琴が再現されていました。弥生時代には神聖な儀式、祖先の霊への神がかりを助ける楽器として、また祭祀のときの主要な楽器として奏でられていたと考えられているようです。


Img_8428 主祭殿の近くに位置するベランダつきの正方形に近い特殊な形をした高床の建物。普段は人前に姿を見せなかったと言われる最高司祭者の住まいだったと考えられています。また世話人の竪穴住居はこの高床住居の前にありました。


P2030229 こちらは立ち入ることはできませんでしたが、この高床の建物は‘東祭殿’で、夏至の日の出と冬至の日の入りを結ぶ線上に位置しています。太陽の動きを知るための建物とされ、季節ごとのまつりが行われていたと考えられています。
弥生時代にタイムスリップしたひととき.....青空の下、楽しい散歩となりました。ガイドさんによる案内サービスもあったようですが、その方がより理解も深まりおもしろかったかも知れませんね.....。


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吉野ヶ里歴史公園 北墳丘墓

2013. 2. 3

Img_8413 北内郭と北墳丘墓をつなぐ道に挟まれたここは、甕棺墓列(かめかんぼれつ)があった場所です。


P2030205 甕棺は、素焼きの土器に亡くなった人の手足を折り曲げて入れ、土の中に埋める埋葬方法で、北部九州で多く発見されています。
奥に見えている建物は、‘祀堂(しどう)’。墳丘墓に眠る祖先の霊に、お供え物を捧げ、お祈りをするための場と考えられています。


Img_8414 公園内で最北に位置する‘北墳丘墓’は、吉野ヶ里集落の歴代の王が埋葬されている特別なお墓と考えられています。人工的につくられた丘は、違う種類の土を何層にも積み重ね、しっかりと突き固められて造られており、とても丈夫な構造になっています。墳丘墓に続く掘り下げられた道は‘墓道(ぼどう)’ と呼ばれ、環濠の外からお参りにやってくる人々のために設けられた専用の道だと考えられています。右の‘立柱’は北墳丘墓を守る祖先の霊が宿る柱とされていて、シンボル的な役割を果たしていたようです。墳丘墓は、南北約40m、東西27m、盛土の高さ4.5mの平面隅丸長方形だったと推測されています。墳丘墓内の見学も可能で、裏側にある入り口から入ることができます。


Img_8407 墳丘墓への入り口前には、こんな立て看板が.....。今日は大丈夫そうだけど.....


P2030211

墳丘墓の中はこんな風になっています。ここからは、成人用の甕棺が14基発掘され、その多くから身分を示すと考えられる青銅の剣やガラス製の管玉等の副葬品が納められていたそうです。


P2030208 見学できるのは、発掘された状態での本物の遺構及び甕棺。
お墓は、弥生時代中頃、紀元前2世紀のものですが、その後は墓地としてではなく、祖先の霊を祀る祭壇として、人々の信仰の中心となりました。


Img_8401 余談ですが.....北墳丘墓に向かう途中、休憩所として利用可能な竪穴住居があったのですが、その中にはこんな自動販売機が.....。


Img_8400 チョコレートブラウンの地味なカラーも考えられてのことだと思われますが、自動販売機の右上隅にはこんな表示。竪穴住居に合わせて低めに設計されているようです。この細やかさがジャパン・クオリティーなんでしょうね.....。

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吉野ヶ里歴史公園 南内郭

2013. 2. 3

Img_8371 市から見る南内郭は、環濠と城柵で囲まれ、物見やぐらも見えています。


P2030189 深めの濠.....。


P2030198 直径30cm、高さ10m以上の柱を使ってつくられた物見やぐらは、南内郭の中の4ヶ所にあり、そのうち2つには登ることができます。


P2030200これだけ警備が厳重なのは、この地域に、吉野ヶ里集落や周りのムラムラを治めていた王やリーダー層の人々が住んでいたからだと考えられています。当時としては極めて貴重な、一部の有力者しか持つことができなかったと言われる鉄製品が数多く発見されていることもこの推測の裏付けとなっているようです。
こちらは、物見やぐらから見おろす王一家の家。手前左側の建物は煮炊屋で、料理はムラ出身者が担当していたようです。


P2030195 王の家の中。簡単なベッドのようなものがあります。枕元には、王の力を示す品々が置かれているのだとか.....。


P2030197 食器らしきもの等も置かれてありましたが、住居自体は一般の人々のものと大差なかったように思います。この当時の王は、権力や財力にものを言わせて、豪華な住居をつくらせるといった暴挙に出るようなことはなかったということなのでしょうね。もっとも資材確保が困難だったのかもしれませんが.....。


Img_8393 王の家と、広場を挟んで東側にあるのは.....右の大きな建物は‘集会の館’で、王や大人(だいじん)たちが集まって、儀式や話し合いをする場所。木の向こう側に見える竪穴住居は、大人が客人を迎えたり、執務にあたったりする場所だったようです。


Img_8384 その大人の住居は、‘集会の館’の南側にありました。こちらも、一般の人々の住居と変わりありません。


Img_8432 南側にあるやぐら門から見た南内郭。広場では、ムラの人々の共同作業場で、例えば、狩の獲物を分け合ったり、ムラの守り神を祭ったり、死者を葬ったりする場所だったと考えられているそうです。

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吉野ヶ里歴史公園 倉と市

2013. 2. 3

Img_8365 ‘倉と市’。海外との交易品や日本各地の特産品等が集められて市が開かれたり、市で取引される品々が保管されていたと考えられる倉庫等があった場所とされています。
古代中国の市の様子とよく似た構造をしていること、当時の交易の交通手段であったと考えられる舟が入れる大きな川がすぐ近くを流れていたこと、この地域全体が大きな濠で厳重に囲まれていることがその根拠となったようです。


Img_8379 市の中央に建つ‘市楼’は、ここで開催される市を管理する建物です。市に参加する許可をもらうのは下の階.....。


Img_8377 上の階には市の開催を知らせる旗と太鼓が置かれ、兵士が見張りに立つ場所でもあったようです。


Img_8382 市を治める市長(いちおさ)の住居は市楼のすぐ傍。この区域で暮らしながら市を管理していたと推測されます。


P2030157 濠と逆茂木で区切られた左側が市楼のある区域。右側は‘クニの大倉’と呼ばれ、武器等、クニの軍事・戦略上重要な物資や貴重な交易品等を収めていた特別な場所と考えられています。そのため、この場所は厳重に囲われ、その出入り口は兵士によって守られていたと考えられています。


P2030168

武器の収められた倉にて。当時の剣。長さは50cmほどだったでしょうか、かなり短めです。こんな剣で戦っていたんですねぇ.....


P2030166

他にも、盾や鎧のようなもの、槍や弓のようなものも置いてありました。


Img_8368

話は逸れますが.....復元された建物に使われた木材は手彫りのよう。機械のなかった時代、こんなところまで忠実に再現されているんですねぇ.....

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吉野ヶ里歴史公園 南のムラ

2013. 2. 3

P2030118 佐賀の吉野ヶ里歴史公園へ。
公園の中心部分を成す吉野ヶ里遺跡は、弥生時代における日本最大規模の環濠遺跡で、その広さは約40ha。この吉野ヶ里遺跡とその周辺部117haが公園として整備されることが決定されていて、現在も整備が進行中の歴史公園です。


Img_8339 晴れてはいるものの、不思議な雲が太陽と青空を部分的に覆っています。


Img_8341 東口から入園すると、田手川に架かる橋を渡って行くことになります。空の色を映し込んだ小川は、青い帯のよう。脊振山系が見えている奥側が北の方角です。


P2030123 園内には、発掘調査結果を元に、集落が最盛期を迎える弥生時代の終わり頃(紀元3世紀前半)の竪穴住居、物見やぐら、高床倉庫等98棟の建物が復元されています。
いざ、弥生時代へ~


Img_8343 逆茂木(さかもぎ)。米作りが盛んになるにつれて、水や土地を奪い合う争いが起こるように.....。集落を守るために、尖った木の幹や枝でバリケードを築いていたようです。


P2030127 入り口近くにある‘弥生くらし館’では、勾玉づくり、土笛づくり、鏡製作、布つくり、舞いの稽古、楽器製作と演奏等さまざまな体験プログラムが用意されています。写真は、火起こしチャレンジ中。なかなか苦労されていらっしゃるようですが.....


Img_8347 広い野原の向こうにムラが見えて来ました。
‘南のムラ’と呼ばれるこの辺りには、一般の人々が暮らしていたようです。この区域を囲むような濠等の特別な設備がないこと、竪穴住居3~4棟に対して共同の高床倉庫が1棟という日本全国で見つかっている一般的集落のあり方とよく似ていること、北が上位で南が下位という古代中国の考え方に影響を受けてつくられているとみられる吉野ヶ里集落全体の中で一番南に位置していることなどがその根拠となっているのだとか。


Img_8355 ‘南のムラ’の中にある‘中の一家’の居住区。この一家は、農作業をしながら鉄器の製作や修理、船から物資の荷揚げ等をして暮らしていたようです。


P2030138 半地下形式になっている竪穴住居は、夏は涼しく、冬は暖かくて過ごし易いのだそうです。また周囲には溝が掘ってあり、雨が降っても、家の中には水が入りにくい仕組みになっています。


P2030137 竪穴住居の入り口は小さく、かなりの低姿勢で通り抜けなければなりません。敵に簡単に侵入を許さない、冬は屋内の暖気を逃さないといった意味があったのでしょうか.....。


P2030136 家の中へは、小さな入り口から階段を数段下りて.....。


P2030132 床の中央には炉があり、屋根には炉から発生する煙を外に出すための穴があります。煙でいぶされた屋根は丈夫で長持ちするのだとか。


Img_8353 一家で1棟所有していたという高床倉庫。


Img_8352 入り口はこちら。梯子を使って出入りしていたのでしょうね。
倉庫の床の向こう、左側に見えているのは‘南の祭壇’。人工的につくられた丘で、祭りに使う土器がたくさん発見されているのだとか。中には、神に捧げたと思われる動物や鳥の骨などがたくさん入っていたものもあったそうです。


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Lunch @ 蕎麦たけひろ 道の駅 吉野ヶ里

2013. 2. 3

Img_8337 最近お腹まわりがとても気になっているでも何もしな~い相棒さん。朝食抜きでお出かけしたものの、目的地に到着する前に猛烈な空腹感に襲われたようで、少し早いけれど、こちら、県境を越えて佐賀に入ってすぐのところにある‘道の駅 吉野ヶ里’でお昼にすることに。
このところの陽気で、背後の杉も変色、花粉飛散の準備段階に突入.....いや、鼻がむずむずしちゃうのは、憂鬱な季節は既に始まっているのでしょうか.....?


Img_8330_2 物産館‘さざんか千坊館’にある飲食コーナーには楽しそうなお店が数軒。今回はこの‘蕎麦たけひろ’さんのそばランチ。
東北で暮らしていたときには、‘新そば’と言えば10月頃だったので、お店の方に伺ってみると、こちらでは熊本産のそば粉を使用していて、12月から今頃にかけてが新そばの時季なのだそうです。


Img_8331 天ぷらそばを注文してみました。先に出された蕎麦茶も香り高くて


Img_8332 艶々とした美しい細麺のお蕎麦。8割蕎麦とのことでしたが、コシがあり、噛んだ瞬間に、ふわっと蕎麦の甘い香りが口に広がりました。多分、地元有明産の海苔だろうと思われるのですが、こちらも香りがよく、よいアクセントになっていました。
天ぷらは、ピーマン、にんじん、しいたけ、海老、なす、サツマイモ、カボチャと盛りだくさん。お腹いっぱいになってしまいました。


Img_8335 背後には 脊振山(せふりやま)山系の山々。ここに日本茶栽培発祥の地があるようです。


Img_8336

南には佐賀平野が広がっています。空気が澄んでいれば、遠く長崎の普賢岳も右端の方に見えるらしいのですが.....。白く霞んで見えるのは、PM2.5でしょうか.....。困ったもんです

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Lunch @ まるげん 平尾

2013. 2. 2

ふと思った。福岡に暮らし始めて7カ月半が経とうとしているのに、まともな博多ラーメン、まだ口にしたことがないなぁ~と.....。そこで、比較的近所で、評判がよくて、でも、待つことが苦手な相棒さんのために、長蛇の列に並んで待つ必要はなさそうなお店をネットで検索。久しぶりにお天気もいいし、散歩がてらぶらぶらと.....。
Img_8320 途中、山荘公園にて。2月とは思えない陽気に、梅もフライング


Img_8322 紅梅も負けじと.....。背景の青空が眩しい~


Img_8326 さて、おじゃましたのは平尾駅からそう離れていない‘まるげん’さん。
入って左側にある食券販売機にて、まずは食券購入。


Img_8323

テーブルの上に置いてあったのは白粒胡椒。引き立てを味わえるんですね。うん、期待できるかも.....。


Img_8324 二人そろって、特 博多中華そばを注文。左は普通盛り。右は小、料金は100円差。ラーメンの向こうには‘おあずけ’ポーズ?の相棒さん。


Img_8325 立ち上る魚介スープのい~い香り。
あれっ博多ラーメンって豚骨じゃなかったでしたっけ.....?
あ、でも、あっさりとした優しい味で美味しかったですよ。もっちもっちの太麺にからみやすいように、半熟玉子はかなりゆるめ、少し濃いめに味付けもされています。チャーシューも美味。


Img_8434 お店を出るときに、見送りのお兄さんに気になっていたことを質問~
Q:‘博多中華そば’と‘博多ラーメン’って、違うんですか?
A:豚骨と魚介でお出汁をとる‘博多中華そば’を、豚骨だけでつくる博多ラーメンとを区別するために、‘まるげん’さんが独自でそう呼んでいるのだとか。
聞くところによると、つけめんや坦々麺も美味しいらしいです。気になる.....

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タイカレー缶詰のお味は.....?

2013. 2. 1

Img_8314 先日、TVをつけていたら、話題になっていたタイカレーの缶詰。出演者の方々の間でもかなり評判がよいようで、食べてみたいなぁ.....と思っていたところ、相棒さん、今晩はおつき合いが入ったとのこと。チャンス~
早速、近所のスーパーへ。美食家としても知られている俳優?タレント?の中尾彬さんは‘グリーンカレーがうまい’とコメントされていましたが、売れ行きがよさそうだったのはイエローカレー。棚には、あと2缶しか残っていませんでした。そこで、グリーンとイエローを一つずつゲット

Img_8315 かいわれと玉ねぎのサラダ、残りもののミネストローネにタイカレー(グリーン)と統一性のないメニューになってしまいましたが、ひとりごはんだし、ま、いいか.....。
あの小さめの缶詰に詰め込まれていたことを
考えると、予想以上の具だくさん。温めたときに立ち上るレモングラスとココナッツミルクの香り。かなりさらっとしていますが、タイカレーらしいと言えば、タイカレーらしい。タイに長く住んでいらした方が、‘タイのチキンは美味しい。’とおっしゃっていましたが、なるほどと納得。黒豆入り玄米ご飯はちょっとNGでしたが、それを差し引いても、100円なら納得できるお味です。白状しちゃうと、近くのスーパーでは100円しませんでした..... イエローカレーも楽しみ~

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