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英彦山へ Ⅲ

2012.10. 8

下山開始です。頂上で出合った女性お二人とお話してみて、登って来た道ではなく、彼女たちが登って来た道を下っていくことにしました。
Img_6490 中岳から泰幣殿へ下る道。母親と祖母に連れられた4歳の男の子が頑張って歩いていました。微笑まし~


Img_6489 道の右側に、鹿の食害によるものでしょうか、一部木々が枯れているところが.....。そう言えば、北岳山頂の‘磐境’の地や尾根の部分にもネットが張られていましたっけ。


Img_6491 青空を背景に、モミジの赤が一段と色鮮やか


Dsc01866 産霊神社(行者堂)。傍にあった案内によると.....‘文武天皇の時代、往古高皇産霊尊鎮座の旧地であるという神託があり、聖武天皇の天平12年の頼願によって建立されたと伝えられています。石畳は護摩壇の跡であり、修験道時代は役行者の木像が安置されていました。’


Img_6492 境内には湧き水も。


Img_6496 更に下ると、関銭の跡が.....。豊臣秀吉の神領没収により、財政事情が厳しくなった英彦山では、関銭所を設け、参拝者から入山料を徴収していたようです。


Dsc01877 間もなく.....まさに燃えているような紅葉に出会いました。ちょうど登って来た小学生のグループが、‘太陽の色だ、太陽の色だ’と大はしゃぎ。


Dsc01895_2 紅葉を過ぎてすぐの分岐を、野鳥の森観察路へ。


Dsc01898 足元の秋


Dsc01915 観察路を抜けると、黄金色のススキ野原


Dsc01916 知らなかっただけに、感激も一入ここはスキー場らしいです。


Dsc01924 英彦山へ峯入りの山伏の道であり、また耶馬渓への従来の生活道でもあったこの道。山伏たちが細い道を踏み広げ、石畳が敷かれたのですが、現在、その石畳が残っているのは一部のみ。
‘すべってころんで山がひっそり’.....昭和4年11月、種田山頭火によって、高住神社への旧参道を越えたときにつくられたものだそうです。
予備知識もないまま登った英彦山。歴史のある山だけあって、おもしろかったです。ルートを変えて、季節を変えて、再訪したいなぁ.....

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