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雲洞庵

2011. 5.14

雲洞庵は曹洞宗のお寺。藤原房前の母、藤原先妣尼が庵を結び、開祖となったと伝えられている。
Dsc_3777 717年、房前が母君の菩提を弔うため、薬師如来を本尊とする‘金城山雲洞庵’をこの地に建立、その後600年間にわたり、特に女人成仏のお寺として女性の参拝信仰が盛んに行われてきた。また、その規模により、日本一の庵寺と言われるようになった。



Img_9536 赤門。










Img_9537 赤門の内側には大きなわらじ。‘足腰が強くなりますように’という願いを書き込めた絵馬、鼻緒の部分にはおみくじが結ばれていた。












Img_9538 赤門から続く石畳。一枚一枚の敷石の裏には法華経が書き写されているという。この石畳を踏みしめてお参りすると、罪業消滅、万福多幸の利益に預かるとの言い伝えがあることから、「雲洞庵の土踏んだか」という言葉が生まれ、一度は訪れるべき越後の名刹として知られるようになったという。





Dsc_3804 参拝者を見守る石仏。










Dsc_3827 本殿。室町時代に上杉憲実によって建立され、その後、江戸時代に廿四世によって再建された。間口十四間、奥行き十間半。本尊釈迦牟尼仏、脇侍、迦葉尊者、阿難尊者、十六羅漢を安置。





Img_9544 本堂の入り口、入ってすぐのところにある‘長生きの水間’。この地に庵を結んだ藤原先妣尼が発見した金城山より湧き出る霊泉は、病に苦しむ多くの人々を救ったという。母君亡き後、この地を訪れた房前が「これこそ母の形見!」と感激し、‘長生きの水’と命名したと伝えられている。





Img_9545 ‘大方丈の間’。柱が天井まで出ず、白壁で天井が浮き高く見えるような造りは、書院造最高の室であり、最高寺格を表わしている。越後ではここにしかないのだそう。
また、幼少期の上杉景勝、直江兼続が学問に励んだところでもある。






Dsc_3838 姥子さま(山姥)の祀られている場所は、7、8千年の歴史を有する聖地とされている。このお寺の女人成仏思想も山姥伝説に発するものとされている。この山姥は、歯痛を治すと言われている。













Dsc_3850 たくさんの仏像を驚くほど間近で拝むことができる。









Img_9548 本堂の廊下。














Img_9554 反対側から見たところ。欄間の彫刻もなかなかすばらしい。










Img_9553花頭窓(かとうまど)を通した採光。











Img_9555 ‘座禅堂’は、文殊菩薩に見守られながらの修行の場。ここでは、一人一畳の間にて寝食を行う。他人との会話は許されず、行住坐臥すべての動作は作法通りに行わなければならないらしい。







Img_9556 ‘大悲閣’大悲が観音さまの別称なので、観音堂を意味する。










Dsc_3862 ‘大悲閣’に祀られている百体観音。










Dsc_3865 客殿の裏からは、下山してきた板戸山の富士権現が見える。









Img_9561 客殿の中は心地よい風が通り抜け、気持ちがよい。いつまでもぼーっと寛いでいたい空間である。









Img_9563 境内にひっそりとある池。周囲の木々を水面に映し出していた。










Img_9566 庭の春紅葉も美しい。
このときは、観光客もそれほど多くなく、静かにゆっくりと過ごせることができた。心落ち着くよいお寺であった。



















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