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サン・ファン館 @ 石巻

2010. 1.17

金華山まで足を延ばしてみたいところだけど、ゆっくり見てまわるにはちょっと遠い....。ということで、牡鹿半島のつけ根にある‘サン・ファン館’(正式名:宮城県慶長使節船ミュージアム)に行くことにしました。
Img_2842 駐車場から広場を歩いてくると、眼下に‘サン・ファン・バウティスタ’の復元船が見えてきました。仙台藩主伊達政宗の命を受け、1,613年10月、支倉常長をはじめとする慶長使節団を乗せてローマに向けて出航したのが‘サン・ファン・バウティスタ’です。ここからだと小さく見えますが.....。

Img_2843 近くまで行くと、写真に入り切らないほどの大きさ.....とは言っても、この船で太平洋、大西洋を越えてヨーロッパまで行ったことを考えると、限りなく心細いサイズにダウンしてしまいます。
‘サン・ファン・バウティスタ’は、スペインの技術者の指導の下、日本で建造された初の西洋型軍船とされる帆船(全長55m、最大幅11m、排水量500t.)です。

Img_2852

スペインとの貿易交渉が使節団派遣の目的でしたが、結局この交渉が成立することはありませんでした。もし、欧州と奥州の間での交易が実現していたならば、日本の歴史は大きく変わっていたかも知れませんね。

Img_2846 船内、上甲板の様子。天井は低めですが、想像していたよりも広いです。ただ、この船の中で180余名が暮らしていたこと、しかもスペイン領であるメキシコのアカプルコまででも3ヶ月要したことを考えると、快適な空間だったとはとても言い難いでしょう。

Img_2855 ‘サン・ファン・バウティスタ’が出航したのは、‘サン・ファン館
’から先の月浦(つきのうら)というところ。高台には、海の彼方を見つめる支倉常長の銅像と.....。

Img_2856 ‘サン・ファン・バウティスタ’が辿った航路を示す石碑がありました。

Img_2861_2そこから海に下って行くと小さな漁港がありました。出航したのはこの辺りからと言われています。400年前、太平洋のはるか彼方を目指すことになった支倉常長の胸にはどのような思いが去来していたのでしょう.....。

Imgp0549 波打ち際近くに、船に飲み水を積み込んだと伝えられている南蛮井戸があり、

Imgp0545 南蛮井戸がある場所から、少し坂を登った目立たないところには、東郷平八郎書による欧南使士支倉六右衛門常長解纜地碑がありました。

 

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