« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

2009年5月

傘マークから逃れて.....

2009. 5.30

今週末も宮城の天気予報は、傘マーク。晴れマークがついているところは....東北にはない。でも、秋田・山形なら、少なくとも雨は降らないみたい.....。さて、どこに出かけようか?と考えたとき、突然庄内に行きたくなった。よし、今日は庄内に行こう!奥田政行シェフの『アル・ケッチァーノ』でランチして、鶴岡の奥座敷、湯田川温泉にでも浸かってこよう。

山形自動車道に入り、月山ICを過ぎるころから、陽が差し始め、青空も少し見え始めました。「この感じなら、山も行けてたね。」と話すも、登山靴はお留守番中。あさひ庄内ICから国道112号を日本海に向けてしばらく走っていると、『アル・ケッチァーノ』を発見!が!!改装中のため閉店ですって。隣接する姉妹店?『イル・ケッチァーノ』は満席状態。1時間半~2時間待てば、席を用意することができるかもということだったけど、そこまでの根性はなく、今回はパス!まぁ、遠方からも来客が絶えない超人気店に予約なしでやって来るのが、そもそもNG!だったってことで、同じく庄内産の新鮮な食材を使ったイタリアンを食べさせてくれるという、農場レストラン『 緑のイスキア』に行ってみました。このお店は、東北初の真のナポリピッツァ協会認定店だそうです。せっかくだからと、コースを頼んでみました。

Img_4644

Img_4645

まず出てきたのは、ミネストローネ。野菜本来の味を楽しむためかな?、味はちょっと薄めでした。

前菜は、(時計回りで)モッツァレッラチーズ、パプリカの酢漬け、イカのトマトソース煮込み、チキンのマスタードソース。う~、やっぱ、ワインが欲しいですぅ~!

Img_8652_2 Img_4648_2 パスタは、ブロッコリーとベーコンのアーリオ・オーリオ、めっちゃ美味しかったです。

ピッツアはマルゲリータ。生地はもっちもちっ!トマトソースは、小麦粉の香りを活かした優しいお味。

Img_8655_2 Img_4651 メインはポークソテー。ソースが美味しくって、奥に写っているもっちりパンとの相性も最高!パンも石釜で焼いたんだろうな。

デザートは、店の前の木になったカリンを使ったアイスクリーム(とっても濃厚)とだだちゃ豆のロールケーキ(こちらは、だだちゃ豆の甘みがわかるほどのあっさり味。)

Img_4652_2 最後に、コーヒー苦手な私が注文した、カリンのはちみつ漬けティー。初めてカリンを食べました。はちみつの味が強く、カリンそのものの味はわかりませんでしたが、食感はまだ硬~いラ・フランスのような感じかなぁ.....。

Img_4653 お店を出ると、羽黒山が見えていました。向こう側から雲が流れ込んできていて、まるで雲の手が山を撫でているよう。

Img_4658 羽黒山の反対側に目を転じると、赤川、鉄橋の向こう側に、山形・秋田の県境にある鳥海山が見えました。

Imgp0283 30分弱くらい走ったでしょうか、湯田川温泉到着です。2つある共同浴場の一つ、正面の湯に入ってみました。入浴料は、200円。指定されたお店で料金を支払うと、お店の人が浴場まで出向いて、鍵を開けてくれるシステムになっているようです。私以外はすべて地元の人たちで、社交の場となっているようでした。お湯は硫酸塩泉、温泉水に含まれる硫酸イオンは、体内に酸素を取り込む作用、脳波のアルファ波を引き出す作用があるんだそうです。これまで入った山形の温泉は、温度の高いところが多かったのですが、ここは適温だったので、比較的ゆっくり浸ることができました。何だか優しい気分になれたのは、温泉のおかげ?それとも、地元の人たちのやり取りが微笑ましかったから.....?鶴岡出身の小説家、藤沢周平は地元の中学校で教師をしていたこともあり、湯田川温泉にはよく通っていたようです。

Imgp0279 湯田川名物、孟宗(もうそう)。ゴールデンウィーク明け頃から5月いっぱいが旬の筍。えぐみがなく、色白でやわらかく、格別おいしいと聞いて、お土産に1本買って帰りました。お店の人は、「朝堀りなので、今日、明日くらいなら生でも食べられるよ。」と教えてくれましたが、結局我が家では筍ご飯になりました。下茹でするのにも糠は要らないということだったので、水のみで茹でてみましたが、全くえぐみはありませんでした。

Img_4665 帰宅途中、月山ICの手前で、朝日連峰を臨めるところがあったので、車を停めてみました。街中の緑が深まってくると、何だか無性に生まれたての緑が見たくなってしまいます。

Img_4666 山をアップ!山頂にドライアイスを並べているかのように、ここでも山頂を雲が覆っていました。

◆おまけ?! ー 昨年の夏、庄内地方をまわったときの写真から ー

Img_0424_2 酒田市の山居倉庫。1893年、旧庄内藩酒井家によって、酒田米穀取引所の倉庫として建設されました。現在、その一部が庄内米歴史資料館、観光物産館として一般公開されています。倉庫の西側に植えられたケヤキは、陽射しを遮るとともに、防風林ともなっています。屋根は二重構造、中の土間には にがりを練り固めた上に塩を敷いて、倉庫内の温度・湿度を一定に保つようにしているそうです。

Img_0435 新井田川に架かる橋の上から見た倉庫の東側。

Img_0439 新井田川には船着場も設けられており、最上川舟運拠点の一つだったそうです。川の側には、小鵜飼舟が復元されていましたが、最上本流で活躍したひらた船に対し、この小鵜飼舟は支流や船着場間の近距離輸送に使われたようです。積載量50俵程度、長さ13~15m、幅2m。上りでは、塩・砂糖・海産物・木綿・茶等が、下りでは米・紅花・青芋・大豆等が運ばれ、上りには2週間、下りには4~5日かかったと伝えられています。

Img_0453 同じく酒田市の本間美術館側にある本館『清遠閣』。本間家は、農地解放による解体までは日本最大の地主。3代光丘のときには、庄内・米沢藩の財政改革を支えました。この本館は、4代光道が1813年、丁持(港湾労働者)たちの冬の失業対策事業として築造したもの。茶室も備えた『清遠閣』には、領内巡視の際、藩主も度々訪れ、また大正14年には、昭和天皇も宿泊されたようです。

Img_0442 2階の窓からの庭園の眺め。島の松に鶴が飛来してきたことから、藩主によって『鶴舞園』と名付けられました。鳥海山を借景にしているとのことですが、この日は雨で見えませんでした。向こう側に見えている小豆色の屋根の建物が美術館です。

Imgp2029 鶴岡市にある致道館。1805年、庄内藩9代目藩主酒井忠徳が創設した藩校で、東北地方に現存する唯一の藩校建築だそうです。藩主が参勤で留守の年は2日おきに会所として使用され、藩の役人が集まって藩政の打ち合わせや会議をしたと言われる講堂。新年の始業式もここで行われていたようです。教科書として使われていた刷り本や印刷に使った版木等が展示されていました。

Imgp2038 同じく鶴岡市の旧風間家『丙申堂』。風間家は、鶴岡城下で藩の御用商人として、呉服・太物屋を営み、幕末には鶴岡一の豪商になりました。明治には貸金業に転じ、庄内では酒田の本間家に次ぐ大地主に成長、鶴岡の産業振興に尽力する一方で、児童福祉等の慈善事業を行ったとされています。明治29年の丙申の年に、7代当主が住居兼営業の拠点として建築しました。

Imgp2068 Img_0473 置石屋根には約4万個の石!が使われているそうです。20年に一度、葺き替えが行われるようで、その様子がビデオで上映されていました。藤沢周平原作の『蝉しぐれ』のロケも行われました。

Imgp2107 最後は、出羽三山の一つ、羽黒山。出羽三山とは、庄内にある月山、羽黒山、湯殿山の総称で、修験道を中心とした山岳信仰の場となっています。それぞれの山頂に神社がありますが、羽黒山には3社の神を併せて祀る三神合祭殿があります。そこに参拝するには、麓の随神門から2,446段の石段を登ることになります。随神門の手前、右側にある天地金神社。柱に絡まっている龍を撮ってみました。

Imgp2160 歩き初めて間もなく、爺杉のある場所に出ました。国の天然記念物に指定されているこの杉は、樹齢が1,000年、周囲11m50cm、樹高は48mを越える羽黒山内一の巨木となっています。奥に見えているのが、五重塔です。

Imgp2167 国宝に指定されている五重塔は、東北地方では最古の塔。平安時代中期に、平将門によって創建されたとされています。

Img_0498 Img_0504 五重塔を過ぎた辺りから、表参道杉並木、一の坂が始まります。最初は緩やかだった登りも、高度を上げていくに従って傾斜が急になっていきます。

Img_0507 Img_0508 やっとの思いで辿り着いた出羽三山神社。辺りは霧に包まれており、厳かで神秘的な雰囲気が漂っていました。

Img_0512 鏡池越しに見る三神合祭殿。奥に進むと、出羽三山歴史博物館があり、その向こう側には、何と!駐車場がありました。ここまで車で来ることも可能だったわけですが、そうするとこの厳粛で神秘的な雰囲気も半減していたことでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

不覚にも.....

2009. 5.16

天気はイマイチだけど、山が呼んでいるので、お出かけしてきました。目指すは、福島県の安達太良山。なだらかな山容のこの山が、山の恐さを教えてくれることになろうとは.....。

Imgp1562 出遅れて、奥岳登山口にはお昼頃に到着。後方に小さく見えるゴンドラ、『あだたらエクスプレス』に乗って、一気に8合目まで昇っちゃいます。

Img_4495 山頂駅からすぐのところにある薬師岳パノラマパーク近くには、こんな杭が立っていました。高村光太郎が『智恵子抄』の中で妻・智恵子の言葉として紹介している、「阿多多羅山の山の上に毎日出てゐる青い空が智恵子のほんとの空だ。」に由来するようです。

青空ではないけれど、展望があるだけラッキー!と思わねば.....。

Img_4499 薬師岳を後に、ところどころで残雪も見られる、ゆるやかな登りを安達太良山に向けて歩きます。途中、「えっ?こんなところに.....?」といった感じの場所で水芭蕉を一株見つけました。この辺りでは見られなかった植物なので、誰かが植えたのでは.....?と言う人もいました。

Img_4514 安達太良山の山頂が近付いてきました。大きな岩がだんご状に固まったような形で、乳首山とも呼ばれているそうです。これまで、緑に囲まれた登山道を登ってきたのですが、この辺りからガレた道に変わりました。

Img_4537_2 岩をよじ登り、登頂!そこには、小さな祠があり、中には天を仰ぐお地蔵さんがいました。鉄山に向かう稜線の登山道が見えています。

Img_4552 安達太良山の岩だんご?を下りて、鉄山に向かいます。途中で、安達太良山を振り返ってみました。見る方向によって、形が変わります。

Img_4555 翌日が山開きということで、ルートのマーキングはしっかりされていました。

Img_4562 ほんの少し歩いただけで、砂の色が赤から黄色に変化、荒涼とした登山道に緑がアクセントを添えます。

Img_4563 バランス感覚のすばらしい?ケルンを発見!

Img_4568 稜線をさらに進むと、奥に磐梯山と桧原湖(と思われる)が見えてきました。


Img_4572_2 沼の平を見下ろしています。直径1.4kmの爆裂火口。ほぼ中央にあるのが、1900年の新火口だそうです。こちらは立入禁止です。

Img_4581 稜線から、沼の平の反対側を見下ろすと、くろがね小屋が.....。鉄山の火口内に湧き出す温泉は、岳温泉まで引かれていますが、くろがね小屋では源泉に近い状態で温泉を楽しめると知って、途中で温泉休憩しようと決めていました。でも、アクセス・ルートがわかりません。目の前にあるのだからと直行することにしました。

Img_4582 雪渓を下り始めたものの思っていた以上に傾斜があるうえ、雪も固まっておらず、持参していた軽アイゼンでは、ほとんど用をなしません。恐る恐る、ずるずると滑るように下ったかと思えば、今度は低木の生い茂る道なき道を歩くことに.....。今更、引き返すこともできず、泣きたい気持ちを堪え、とにかくひたすら小屋を目指して歩きます。

Img_4588 ようやく辿り着きました。小屋の前では、スタッフの方が待ち構えていて、どうしてこのルートに迷い込んだのか等いろいろと質問されました。全く余裕のなかった私は気づきませんでしたが、パートナーが言うには、私たちが雪渓を下る辺りから、双眼鏡でこちらの様子を窺っていたようです。

Img_4589 振り返ってびっくり!後で調べてみると、反対側の沼の平における1997年の硫化水素ガス死亡事故以来、鉄山からくろがね小屋へ向かうルートも通行禁止となったのだそうです。無事だったからよかったものの、あまりの無謀さに愕然.....。疲れ切った身体と心を乳白色の熱めのお湯で、癒してもらいました。リフレッシュして、登山口に向けて再出発!ところが.....登山道沿いの花や雪渓に気をとられているうちに、再び分岐を見落としてしまい、気がついたときには、稜線まで戻ってしまいました。安達太良山の岩だんごも近くに見えています。ルートを外れることの恐ろしさは身に沁みていたので、せっかく登ってきた道を分岐まで引き返すことに.....。途中、雨も降り始め、どうなることかと気を揉みましたが、幸い本降りになることはなく、無事分岐まで戻ることができました。ここからは、ショウジョウバカマの道が続いていました。

Img_4608 ショウジョウバカマと言えば、ピンク色が一般的ですが、1輪だけ白いショウジョウバカマが咲いていました。

今回のようなひどい失敗は初めてですが、風景や花に気をとられるあまり、ルート確認が疎かになっていたことを深く反省させられました。

 

 


| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪解け蔵王を歩く!

2009. 5. 9

先月24日(金)に開通した蔵王エコーラインを通って、宮城蔵王へ向かいます。高度を上げていくに従って、季節がどんどん逆戻りしていきます。
Img_4458 エコーラインから刈田峠まで続く有料道路ハイラインを通過中。開通時には、最も多いところで8m(それでも今年は少ないそうです。)あった雪の回廊も、かなり縮小しているだろうなと予想していたのですが、雪の壁はまだそこそこ残っていました。




Img_4350 刈田峠の駐車場からは、写真の吾妻連峰から飯豊連峰、朝日連峰までを見渡すことができました。レストハウスのWCを利用し、手を洗おうとしたら、「水源枯渇のため、水道利用禁止!」の貼り紙がしてありました。そんなぁ.....!でも、山のことだから、仕方ないですね。その辺の雪で手を洗って、出発です!



Dsc01801 刈田峠から蔵王連峰最高峰熊野岳(1,841m)に向かいます。頂上までは1時間もかからない道のりですが、ところどころ残雪もあります。凍ってはいないので大丈夫だと思いますが、注意して歩くことにします。




Dsc01811 右手に、有名な蔵王のお釜が見え始めましたよ!








Img_4369 そのうち力尽きて、滑り落ちそうな雪庇が.....。落ちるときって、どんな音がするのでしょう?








Img_4373 お釜をほぼ正面から見たところです。エコーライン開通時には全面的に凍っていたお釜も、半分以上解けていました。去年の夏に見た色よりは、深いエメラルドグリーンの水です。






Img_4445 お釜の左側には、荒涼とした風景が見られます。お釜の周辺にはそこそこ人もいたのですが、それより上に登ってくる人は少なくて、土もまだ踏み固められておらず、ふわふわとおがくずの上を歩いているような不思議な感じでした。





Img_4395 頂上手前では、先月末に出かけた月山がぼっと浮かび上がっていました。








Dsc01904 熊野岳山頂を少し下ったところで昼食を取り、時間的に余裕があるので、地蔵山まで歩いてみることにしました。地蔵山に向かうルートです。地蔵山には、2月末にも山形県側から登っていますが、記憶の中の雪景色の地蔵山と雪のほとんどなくなった地蔵山の地形が一致せず、何だか狐にでも化かされたような気分でした。

Img_4417 青々とした笹原の向こうに、樹氷の森をつくっていたアオモリトドマツの木々、そしてその向こう側に、雁戸山が見えています。雁戸山も蔵王連峰北端に属する山です。

Img_4420 コルまで降りて来ました。これから熊野岳方面に戻る登りに入ります。

Img_4434 地蔵山に向かうルートとは別のルートで、熊野岳山頂近くまで戻って来ました。残雪の多い、楽しいルートでした。ここからお釜を経由して、レストハウスに戻ります。つい先程まで暑かったのに、急に吹く風が冷たくなってきました。厚めのジャケットで正解。


Img_4481 エコーラインを下りてきたところ。滝見台から見下ろす谷筋は新緑で覆われていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »